株式会社アバージェンス
シニア・マネジャー
松尾篤賴
新たな航海|新規事業の創発
昨今、「新規事業開発」という言葉を耳にする機会が増えてきているように思います。アバージェンスマネジメント研究所へのお問い合わせや、当研究所の母体であるアバージェンスへのご依頼のなかにも「新規事業開発」に関するものが増えてきています。そこで、以前にも扱ったこのテーマの第二弾をお届け致します。
新規事業開発に関する話題が増えているのだとして、それはなぜか。まずは、このあたりから考えてみます。
新規事業開発の意義を私なりに考えると、変化する市場環境や技術進化への対応、持続可能な成長の追求など、複数の要因が関連しています。市場や消費者のニーズは絶えず変化しています。新規事業を通じて、企業はこれらの変化に柔軟に対応し、競争優位性を維持または拡大することができます。また、別の頻出ワードである「サスティナビリティ」に照らし合わせると、新規事業開発は、長期的な視点で企業がサスティナブルな成長を遂げるために大きな役割を持ちます。つまり新規事業開発は、喫緊の顧客ニーズ起点および将来的な社会ニーズ起点での成長エンジンを構築する上で重要な役割を果たす、と言えます。
短期的顧客ニーズや長期的社会ニーズ以外にも、マーケットインなのか、プロダクトアウトなのかという切り口もあります。顧客や社会ニーズに対応する場合でも、マーケットの要望を探りそれに応えていく方法もあれば、自社の保有技術など強みを起爆剤としてプロダクトに惹きつける方法もあります。
このコラムは、弊社が手掛けたプロジェクト事例をベースにしています。今回ご紹介するプロジェクト事例は前者のマーケットインにあたります。キーワードは「エネルギー」でした。そして検討領域は「海」。この「海」になぞらえて、この事例で取り組んだ「航海」をご紹介をしていきます。
出港準備|課題の発見
この新規事業開発に関わったクライアントメンバーはいわゆる企画系の部署に所属する数名の方々でした。そして、ほとんどの方々にとって新規事業開発は初めての経験でした。研修として「新規事業創出の方法論」を学んではいましたが、学ぶとわかるは違うことですし、わかるとできるも違うことです。関係者ほぼ全員が、航海は未体験。そういう状況で始まりました。
最初に実施したことは、新規事業のキーワードであるエネルギーに関し、どのような市場があるのか、どうセグメンテーションできるのか、現在と将来・国内と世界でそれぞれどれほどの市場規模になるのか、CAGR(年平均成長率)はどの程度か、主要プレイヤーは誰か、政府の補助はどんな分野でどの程度あるのか、等々を幅広く調査しました。
そのなかでも一定の市場規模が見込めること、一定のCAGRが見込めること、政府の補助金を見込めることを、その先の検討をする上での絞り込みの軸に決めました。
絞り込みの結果、複数の市場が候補に残りました。この後、候補となる市場における課題仮説の立案に着手しました。
一口に課題といっても、その意味は多義ですので、課題仮説の検討にも絞り込みが必要です。この事例では、課題の意味を大きく3つに分けることにしました。1つ目は「現在、既に困っていること」です。これは比較的容易に発見できます。2つ目は「求めている製品やサービスがなく、多くの費用を支出することで解決していること」です。これは各産業や事業のコスト構造を考えると発見できる可能性が上がります。そして3つ目は「現在は課題と気が付いていないこと」です。この課題の扱いはとても難しい。いわゆる潜在課題ですので、まずは何らかのかたちに顕在化させる必要があります。潜在しているものを顕在化させるには、分析や判断だけでなく、直観や決断も用いる必要があります。客観性の世界観だけに頼っていては、大海原にあって進路を見失う恐れがあります。根拠のない主観を盲信する、という意味ではありません。想像力も駆動させる、という意味です。ダニエル・カーネマン氏が提唱する、スローな思考とファストな思考[i][1]のバランスが重要になるのです。
このような検討を重ね、課題仮説と言えそうな事柄に思いを馳せました。この段階ではまだ想像レベルです。あくまで仮説であり、真の課題かどうかはまだわかりません。ですので、さらに情報収集し、分析し、また簡易検証も行い、「どうやら課題と呼んでもよさそうだ」というところまでたどり着きます。出帆したての外海でどちらに進路を取るべきかがぼんやりと見えてきた、という状況です。
航海の行き先|解決策案の検討
課題仮説なるものが見えてくると、次はそれらの課題をどう解決するかを検討することになります。どんなサービスや製品を提供すれば良いのか、どんなビジネスモデルを構築すれば良いのかなど解決するために考えなくてはいけないことは多数あります。
この課題はこう解決できないか?と複数の解決策が案出され、これとこれを組み合わせたらどうなるか、この案をこう改良したらどうかと、ディスカッションを繰り返します。
多くの意見を出すためには幅広く発散させることが大切です。今回はマーケットインで考えているので、自社の保有技術や実現可能性は一旦外に置いておき、とことんマーケットインで考えました。
多くの解決策案(事業アイディア)が次々に抽出されるこの段階までくると、その先の検証は二次情報に頼りづらく、専門的な知見を持っている人、実際にサービスや製品を使って頂く可能性がある人に直接話を聞くことが検討期間短縮や検討精度向上の面で必要になります。他船の知恵者が持つ経験値をフル活用しながら、四方に広がる海原を航行し続けるのです。
時化[ii]の到来|他者知見の参照とその難しさ
他船の知恵者との比喩を用いましたが、現実的なワークとして考えると、誰に何を聴くのかを決めるのはとても難しいです。人脈には限りがあり、そんな簡単にヒアリング相手は見つかりません。しかし現代の航海、具体的には知恵者ヒアリングでは、それ専用の便利なサービスがあります。例えば、ビザスク[iii]がそれにあたります。
このようなサービスを利用して、業界や企業名から専門的な知識を持っていそうな方、サービスや製品を利用して下さる可能性がある方を探します。ここでの一工夫は、候補者を絞り込んだら、どんなことを聞きたいのか概略を伝えて確認をすることです。いきなりアポイントを取得していざ話を聞いてみたら、あまり知見をお持ちでなかったということもあります。お互い時間とコストを浪費しないためにも大切です。
いよいよ希望の知恵者が見つかり、準備万端、ヒアリングに臨んだとしても、なかなか思った通りには進まないものです。聞きたいことが聞けなかった。質問と回答が噛み合わなかった。日常の会話でもよくあることです。対話の成果を意図通りにするためには、流れるように進む相手とのやりとりをリードできるプレゼンテーション力やファシリテーション力、質問の意図がきちんと伝わる質問力などのスキルが必要となります。「3色で丸いものが3つ並んでいる」という状況説明から、皆さんは何を思い浮かべますか。信号機?3色団子?文字や音だけで同じことを想像するということはとても難しいのです。
ですので、視覚的に分かる説明用資料の作成、何をどんな順番で聞くべきか質問リストの作成は必須です。必須ですが万能ではありません。聴く側の頭と答える側の頭は、当然繋がっていません。言語の意味範囲もそれぞれ異なります。しかも初対面となれば、共通言語もありません。所作から考えを想像することもできません。だから思うように伝わらない。うまく説明できない。時間の経過と共に焦りが出て相手が理解していない(伝わっていない)ことにも気が付けない。ここにもまた、思うように進まない障害があるのです。
ヒアリングが事前想定とは異なる展開になることもあるでしょう。軌道修正ができるワザを持っていればいいですが、それもまた慣れるからこそ獲得できるものです。
事ほど左様に、とかくヒアリングは不完全燃焼で終了しがちです。そんなことが複数回続けば、だんだんと心が折れてしまいます。「有識者へのヒアリングというワークそのものに無理がある」と投げやりにもなりがちです。
この事例でもそうでした。
遭難寸前|行き詰まり感
新規事業開発にまつわるワークは、前述のヒアリング以外にも、「なかなかうまくいかないこと」が実に多いのです。うまくいかなければ、前提を疑い始めてしまうのが人の性です。「こんな課題を自社で解決する必要があるのか」、「それを私がやらないといけないのか」、「新規事業なんて夢のまた夢なのではないか」…。このように、難題に向き合ううちに、知らず知らずにネガティブ発想になることを、私は「合理的な自分事感の希薄化」と呼んでいます。悪意があるわけではないだけに、厄介です。
新規事業開発という挑戦の難所です。正しいはず、と信じて進んできたのに一向に進捗しないのですから、無理もない。でも、ここで諦めたら頓挫します。新規事業開発の航海は遭難の憂き目に逢います。
踏ん張りどころです。十中八九、うまくいかなくても「一つはうまくいった」ことに光明を見出すようなマインドセットが大切です。実際に困っているという人に会えた。生の声が聞けた。課題山積ではあるが、恐らく方向性は間違っていない。こう考え嵐を乗り切れるように、チームでお互いを鼓舞し合うときです。
そもそも、なぜ自分はこの仕事をやっているのか?という根源的な問いを自問する時期でもあります。なぜこの新規事業を開発してみようと思ったのか、生の声を聞いてどう思ったのか。そう考えれば、「やはりこれは解決しなくてはいけない」という想いがこみあげてくるはずです。
この事例でもそうでした。
時化からの脱出|課題の再考
先従隗始。「隗より始めよ」とは、大事を為すには小事を重んじ自ら行動せよ、という格言です。そして新規事業開発の際に、幾度となくよぎる自戒と専心の呼びかけです。
実務的に言えば、「トップイシューはそのままで、なぜこの問題が発生しているのか構造的に洗い出し、真因仮説を考え、真因仮説に対する打ち手案を複数検討した。今一度、打ち手案を組合せ、どんなサービスや製品が提供できるのか考え直そう」、となります。
この段になると、なぜか最初に考えた時より、量は多く、質も高くアイディアが出てきます。とても不思議です。一体、何が違うのでしょうか。
あくまで私の所感ですが、ここまでくるとリアルさが検討初期とは明らかに違っています。課題解決したいという想いが増幅している。困っている人の生の声が手触り感を鋭敏にしている。つまり自分事化が進んでいるのです。自分事だからこそ、その達成への希求が募り、自分事だからこそ、障害の大きさにめげそうになってしまう。自分事だからこそ、「でも、何とかしたい」と諦めきれない。
時化をサバイブする動因は、自分事感なのです。
迫る大波|他者知見の再参照
課題出しと仮説検証がレベルアップした後、再度、その検証に入ります。新たなヒアリングが前段とは異なり、反省からの学びもあり準備もより周到になります。説明資料はわかりやすくなり、質問の深さも増します。伴走している私から見て、ご一緒しているクライアントのメンバーの方々のレベルアップを感じるのは本当に嬉しいことです。
肝心なヒアリングには私も同席します。主役はクライアントですが、事前の作戦会議や事後の振り返りができることで、クライアントとの協働感が一層高まり、寄り添い度合いを高めることができます。
ここまで来ると、新規事業開発を担うクライアント諸氏が手応えを感じ始めてくれます。「サービスイメージやビジネスモデル案のブラッシュアップが進んだ」、「多くの人から何度も困っている話を聞くことで、“これは何としても解決しなくては”という想いが高まった」。こういうコメントは、自分事化が進んでいる証左です。そしてそれは伴走者の喜びでもあります。
見えてきた航路|事業イメージを固める
百聞は一見に如かず。百見は一聞に如かず。聞いては見て、見ては聞いてを繰り返す新規事業開発を表す格言ではないかと思います。
このコラムで紹介している事例では、こんなことがありました。ある企業の方に話を伺った際に、『我々も似たようなことを考えているので、その質問には回答できません。』と言われたのです。回答を頂けなかったことが最良の回答でした。「他にも同じ航路を突き進もうとしている船がある」ことを知れたのは僥倖であり、我々の方向性に対する裏打ちになりました。
喜びとともに緊張感も生じました。「同じことを狙っている他社がいる」。早速、類似サービスの有無や競合となりそうな企業はどこなのか、様々な調査を実施しました。特にポジショニングマップは何度も作り直しをして、どうすれば勝てるのか(差別化できるのか)、何がコアサービスになるのかを検討しました。
何度も、何度も、何度も、行いました。ポジショニングマップに限った話ではありませんが、一度作って完成ではなく、仮説検証を進める中で、ブラッシュアップされ、必要な情報が加わり、不要な情報がそぎ落とされ、磨かれていくものだと考えています。
この検討は今でも続いています。ビジネスモデル案は度々ブラッシュアップされています。簡易事業計画書と簡易収益計画は、クライアントが狙う新規事業に近づくたびに精度を増しています。TAM(Total Addressable Market)/SAM(Serviceable Addressable Market)/SOM(Share of Market)をロジカルに考えて見定めることと同時に、事業の手触り感も豊かさを増しています。
星を頼りに進む|会議室と現場
昔々の航海は星を頼りに進んだ、と聞きます。その後、数多の技術革新がありましたが、こと新規事業開発は「星を頼りに」する部分が残っているように思います。
机上の検討は初期の取り組み時には重要です。「机上はしょせん、机上」と、うそぶく向きもあるでしょうが、実際には机上に知恵を並べることは必須と言えます。
その初期的な知恵をいわゆる「机上の空論」にしないためのワークをしましょう。現場に足を運び、サービスを利用してくれる可能性がある人や、知見を持っている人から生の声を聴きましょう。聴いた結果をまとめて、さらに仮説を深化させましょう。
わからない部分は積極的に外部のアドバイスを得ましょう。現場のヒアリングと会議室でのディスカッションを繰り返し、獲得した知見を集合させましょう。船はピッチング(上下)、ローリング(横揺れ)、ヨーイング(左右に振れる)3次元への対応が必要となります。新規事業開発もあらゆる方向性を考え、複雑な動きに対応しましょう。
新規事業開発は航路なき航海です。船が大きいほど、船員は持ち場の仕事に集中しがちですが、こと航路なき航海では、全員が全持ち場を担うのです。不安定極まりないこの航海の愉悦は、この全員が全ての持ち場を担うということにある。私はそう思います。
[i] ファスト&スロー(2014)ダニエル・カーネマン、早川書房
[ii] 時化(しけ)、強い風によって海面が荒れることを指す言葉(小学館、漢字クイズより)
[iii] ビザスク、「アクセスしづらい一次情報の収集をたった1時間で」をコンセプトに、業界の「生の情報」を実名登録のエキスパートから簡単に収集できるマッチングサービス