事例紹介 / CASE STUDY

AIM コラム COLUMN

管理部門の経営視座

アバージェンスマネジメント研究所
シニアマネジャー 原田 康史

経営管理という仕事とは?

私はこれまで、いわゆるコーポレート部門で長く仕事をしてきました。専門は企業会計ですが、キャリアのなかでスタートアップや中小企業で勤務するうちに、扱う分野がどんどんと拡がり、今では人事や総務、そしてコーポレートとしての方針検討や企業戦略の一翼を担うような仕事にも携わるようになりました。

マイケル・ポーターのバリューチェーン¹で言えば、支援活動にあたる部分です。ポーター先生は支援活動からも最終マージンが生じるように図示していて、それはコーポレート担当にとって、心強いメッセージになっています。

とはいえ、管理部門は、企業の主活動たるマーケティングや製造などには直接的に関わらないという特性上、支援という補助的な業務に注力するがあまり、事業全体に視野が広がりにくいという難点も抱えています。

経営学修士であるMBAはMaster of Business Administrationの略語ですが、Business Administrationの原義を辿れば管理部門が主体となって推進すべきことが数多くあります。だからこそ管理部門は、企業経営や事業運営に主客同体として能動的に関わるのが本来の姿だろう、と思っています。事業推進上の各機能について詳しくなくとも、管理部門が経営視座を高めることで、企業の持続的な発展に寄与できるはずであり、それが役割期待である。そのように思います。

そこで今回は、管理部門が経営視座を高める、というテーマで持論をお示ししていきます。

このコラムは万人向けに書いたつもりですが、特に管理部門をマネジメントする立場の方にお読みいただければ、望外の喜びです。

そもそも経営視座とは?

「視座」とは、物事を捉える位置取りです。「視座を高める」とは、今の自分よりも上位で物事を見られるよう視点移動することになります。であれば「経営視座」とはその視点を経営者のレベルまで高めること、つまり、経営者の立場で物事を捉えられるようになることを指します。

経営者の立場で物事を捉える。それがどんな律動や信条のもと、どの範囲をどのように捉えるのか、を挙げ始めればきりがありません。そもそも、そのような視点移動が可能なのか?という課題もあります。「百聞は一見に如かず」が正しければ、一度も見たことのないことを、さもわかったように語れないことになります。「経営者でもないのに経営視座は得るのは無理」となってしまうわけです。

このように客観したうえで、経営視座へと視点移動するには「それにできる限り近似する」を目指すのがよさそうだ、ということがわかります。

経営視座に近づくには?

サミュエル・テイラー・コールリッジ²の詩「古代の船乗り」に、こんな表現があります。”Water, water, everywhere, nor any drop to drink.”。「水に囲まれているのに一滴も飲むことができない」という意味です。管理部門に限らず、経営視座とは言うなれば「近くに在りてわからぬもの」でしょう。管理部門であれば、財務状況、人事情報、事業実績などは手元にあるのに、その集大成たる経営の実情は同定できない。まして経営視座を獲得できる地点に向かう地図もない。経営に直結する仕事をしていながら、経営視座への道筋はどこかで遮断されているような状況にあるのではないでしょうか。

私自身もそんな状況にあります。しかし経営視座を得たいと強く願っています。そんな私が自分自身に、そして部下たちに向けて連呼している「経営視座に近づくための心がけ」を記します。

1.会社の目標に関心を持つ

管理部門は、直接的には売上に関わる仕事ではないだけに、会社の売上目標などに対して関心が薄いケースがあります。そんな管理部門の従業員が経営視座に近づくためにまず必要なことは、企業としての売上や利益の目標に関心を持ち、達成に向けて寄り添うことを自分の役目と心得ることです。

目標達成に奮闘する営業部のサポートを積極的に行う、経費削減を推進する各部の活動に「呼ばれてから」ではなく能動的に関与する。管理部門ならではの縁の下のパワーUPが業績目標の達成如何に関わっていることが実感できるはずです。

2.目的思考になる

目的思考とは、「なぜこの仕事をしているか」を突き詰める考え方です。管理部門の業務は年間単位の全社スケジュールに連動した業務計画をベースにします。採用時期、四半期決算時期、IR時期、財務会計や管理会計上の締め、計画性の高さは仕事をやりやすくしますが、一方でタスクがマンネリ化しやすく、かつ各自の業務がどのような目的のために遂行されるべきなのか、が見えづらくなる傾向があります。また期限の縛りが強いため業務量の平準化がしづらいのも管理部門の特徴でもあります。ピーク時の業務負荷が高い時期にそれを乗り切ることは安堵と誇りを感じるときです。それ自体は素晴らしいことですが、ここに緩みが生じがちです。ピーク時の業務平準化を行いつつ、比較的余裕があるときに「目的」に立ち返るような取組みを入れ込み、大量な作業がミッションに紐づいていることを、都度都度再確認するのが望ましいと思います。

3.リスクマネジメント

リスクとは顕在化していないトラブルです。そしてリスクは、ある程度予測可能です。それがリスクマネジメントです。危機や危険が起こる事態を予測して事前に対処することは、経営の鉄則の一つである“No Surprise”に通じます。経営上のサプライズとは大抵、悪いことが多いからです。

リスクに関して敏感にキャッチできるように心がけること、過去のリスクを分析し知見を蓄積すること、などなど「リスク感度」を高めていくことは、結果としてその未来予想という時間軸的な俯瞰が経営視座を持つことに役立つはずです。

4.フレッシュなアイディアを生む

管理部門の潜在的な能力は侮れません。というよりもむしろ侮ってはいけない、と主張したいです。数千億円規模の工場立ち上げが無事完了した。長年のライバル企業の最重要顧客を奪取した。積年の課題であった技術的ブレークスルーを実現した。すべて華々しい業績です。「で、管理部門は何をしてくれたの?」鼻高々な機能部門から聞こえてきそうな言葉です。

では申し上げましょう。「戦略には三種類あります。企業戦略、事業戦略、そして機能戦略です。そして我々が担うのは企業戦略です。機能を充足させるための人財獲得、事業のSWOTを客観視し次なる打ち手を考える事業ポートフォリオ、エントロピー増大の法則により遠心力が働く組織を束ねるヒューマン・リソースの要づくり…。ごく簡便に事業部門と管理部門に組織をわけたとき、事業部門の手柄は両手を挙げて称賛しますが、管理部門もまさるとも劣らぬ大仕事を担っていますよ」。

どの事業のどの製品の在庫が過多であるとか、どの支店の業績が右肩下がりであるとか、どの部門の生産性が落ちているとか、そういうことも管理部門が主体的に担っています。

それに加えて、上述のように企業そのものの成長をいわば離散的に実現することにもコミットしているのが管理部門です。そしてその内部では、常に新たなアイディア創出を試みています。超多忙を極める経営者からエレベーター・ピッチで、「攻めのDXの戦略に役立つ知恵出しをして欲しい」と指示されることもあります。

手が回りきれていない部分が常にあるのはどの企業にも当てはまることでしょう。しかし、企業全体を俯瞰した観点からの経営からのオーダー対応や、経営への能動的な進言を、管理部門も担っています。それに真っ向から取り組むことで、所属メンバーからフレッシュな知恵出しが得られ、それらを吟味し、議論し、あるものはお蔵入りとなり、あるものは実現される。

このような活動を通じて「経営視座」に近づいていけるはずと信じています。

5.エンゲージメント向上

エンゲージメント向上、というテーマの舞台があったとすれば、その主役は管理部門が担うべきでしょう。理由は簡単です。組織俯瞰という点からすれば管理部門がもっとも適しているからです。

そうすべきである、ということと、それができているということにはギャップがあります。事実、管理部門主導でエンゲージメント向上に取り組んでいる事例や成功例は、あまり喧伝されません。しかし「べき論」から言えば、これこそ管理部門が担うべきテーマです。そして、「全社エンゲージメントを向上させるためには、何をどうすればいいのか」を考え、考え、考え抜くことが経営視座を持つことに近づいていきます。

ここまで「管理部門の経営視座」につきましてお伝えして参りましたが、管理部門をマネジメントする方々の参考になりましたら幸いです。


¹ 競争優位の戦略(1985)、M.E.ポーター、ダイヤモンド社

² ウィキペディア「サミュエル・テイラー・コールリッジ」, 『対訳 コウルリッジ詩集』 上島建吉編訳、岩波文庫〈イギリス詩人選〉、(2002)