事例紹介 / CASE STUDY

AIM コラム COLUMN

評価制度は会社の雰囲気を変えるのか

株式会社アバージェンス

シニア・マネジャー

石上翔太

顕在化していた人事評価制度への課題  

「この事業拡大プロジェクトを通じて、確かに業績面では以前より間違いなく良くなりました。だけど、みんなが持っている根本的な不満とか、それが引き起こしている雰囲気の悪さは変わっていませんよ、正直言って。ずっとお伝えしているとおり、人事評価制度を変えないと根本的な社風の悪さは変わらないですよ。」約半年間のハードなプロジェクトを終え、達成感で緩みそうだった私の背筋にもう一度ムチを打ったのは、ある管理者のこんな発言でした。

この発言から半年ほどさかのぼった2022年、私はクライアントである商社の既存事業拡大・新規事業推進プロジェクトのリーダーになりました。このプロジェクトのオーナーである社長の課題感はこうでした。「新規事業の推進がうまくいかない。様々な理由があるが、その真因は会社全体の雰囲気にあると睨んでいる。活力がないし不平不満を抱えたまま、仕事に集中しきれていないようだ。これをきっかけに社風をガラッと変えたい」。

私はその意を受け、事業拡大への挑戦と挑戦を通じた仕事への取り組み姿勢の変革という2つのゴールを設定してプロジェクトを開始しました。トップライン拡大に向けてやるべきことを絞り込み、確固たる目標を定め、管理者の皆様と一緒に「目標を達成するにはどんな組織や仕組みにすべきか」という議論を重ねました。

どんな組織や仕組みにすべきか、の議論のなかで、成果創出に向き合う姿勢や態度を前向きに変えていくための働きかけやマネジメントについても工夫を盛り込みました。結果として、このプロジェクトでは目標を大きく上回る成果創出ができました。社長からも「みんなが議論している様子を見ると、すごく熱を帯びている。まさに『雰囲気の良い』状態になってきている」という嬉しいコメントもいただきました。

そんなプロジェクトの終盤に私に放たれたのが、冒頭のコメントです。コメントした管理者には皆の熱を帯びた状態は表層的に映っていたのでしょう。実を言うと私も薄々「この会社を本当に良くするためには、マネジメントシステムや管理者を変えるだけでは不十分なのでは」という懸念を持っていました。なぜなら、当プロジェクトを進めている中で、あらゆる階層・立場の方から「石上さん、人事評価制度は変えないの?」「今回のプロジェクトは人事評価制度まで踏み込まないの?」という相談を持ち掛けられていたからです。そもそも、プロジェクト・キックオフミーティングで、とある社員の方から「新規事業の前に人事評価制度を何とかしましょうよ」というコメントがあったほどです。

それほどに、当社の人事評価に対する不満は大きいものでした。改めて社長にも当件を提言させていただいたたところ、「そうですか。私も人事評価制度へのみんなの不満は何となくは知っていました。どこにどんな課題があるのか、アバージェンスさんに調べてもらえませんか」というご要望を頂きました。

かくして、人事評価についての不満や課題を、あらゆる階層の方々にヒアリングすることから、人事評価制度改革プロジェクトがスタートしました。

ヒアリングを進めるにあたって、まずは「人事評価制度に不満や課題感をお持ちの方は、アバージェンス石上さんまで」というアナウンスを、社長から全社員宛に出していただきました。その結果、すぐに多くの方から「ぜひ話を聴いてほしい」旨のメールが届きました。その数は全社員の半数以上に至りました。

ヤマト運輸の創業者である小倉氏でさえも「納得のいく人事制度を作れなかったことが心残り」というほど、そもそも人事評価制度は難しいものと言われていますが、それにしても全体の過半数が不満を持っているのは、やはり異常事態です。もう一度気を引き締め、ヒアリングをスタートしました。

多くの課題が語られましたが、このコラムでは、特に大きな要因であった①行動評価の項目・基準が曖昧 ②成果評価が不公平について、集中的にお伝えします。

行動評価:明確にした「自社の最高の人材」の姿

本来行動評価とは、成果を出したかどうかは一旦横に置き、正しいプロセスを踏めていたかどうかを評価するものです。より良いプロセス評価は評価項目の明確さが鍵となりますが、当社の行動評価項目は、極めて曖昧かつ抽象的な項目ばかりで、しかもそれが30個以上も並んでいました。確かにそれらの一つ一つはプロセス評価に資する項目ではありましたが、管理者や担当者ほぼ全員が「抽象的すぎてどういう行動を目指すべきなのかわからない」と感じていたことがわかりました。

また、行動評価に採用されていた5段階の評価基準も曖昧で、各部署の管理者ごとに統一の見解がなく、管理者の「甘さ・辛さ」、もっと言えば「好き嫌い評価」や「部署間の不公平さ」の温床にもなりうる状況だったのです。

この課題について、まずは行動評価項目を明確かつ具体的にすることからスタートしました。その際、「当社のハイパフォーマーの行動特性」、いわば、「この会社の最高の人材はどういう行動を取っているか」という内容を、合計10前後の行動評価項目に落とし込みました。

さらに、評価の基準も、「誰が評価をしても点数がぶれないように」という意識を持ちながら、一次評価者全員で協議しながら徹底的に具体化、明確化しました。このワークにはかなりの時間を要しましたが、全員が納得のいく基準判定を盛り込んだ行動評価シートを作り上げることができました。

成果評価:「目標の難易度」と「会社への貢献度」

次に、成果評価です。成果評価の課題は二点ありました。

まず成果評価の仕組みは、定量評価と定性評価に分かれていました。定量評価の方法は、年初に立てた営業利益目標値を分母とし営業利益実績を分子とする割合での評価になっていました。この計算式には、利益額が全く反映されていません。つまり、目標が1億円で実績が1億2千万円の人と、目標が10万円で、実績が12万円の人が、同じ評価になってしまうのです。もしこの定量評価だけなら、より多くの実績を出した人は納得できないでしょう。

そういう理由から、成果評価には定性評価も加えられていました。定性評価は、取り組む仕事の特性、例えばまだ利益を出す段階にない新規事業に取り組む方々も評価できるようにするためのものでした。

この定性評価の仕組みが、2つ目の課題でした。定性評価には上限が120点までと設定されていながら、定量評価には上限がなかったのです。

この仕組みがどんな悪さをするかを例示してみましょう。年初に100万円と営業利益目標を設定し、実績が300万円だった人には、その時点で300点が付きます。一方、今年度は営業利益目標を立てられないような足の長い案件を担当している人は、定量評価がほぼゼロです。案件進捗において素晴らしい成果を出したとしてもそれは定性評価対象となり、今年度の評価は120点が限度です。

このような評価方法が担当者の行動にどんな影響を及ぼすかは言うまでもありません。企業の中期的な成長にどれほど重要だとしても、成果が出るまでに時間がかかる案件をわざわざ手掛ける人はいなくなります。

事実、多くの担当者は「今年手っ取り早く成果が出るもの」を選び、足の長い新規事業等をやりたがらなくなる傾向になっていました。経営側からすれば、足は長くとも次なる成長に欠かせない新規事業を手掛けるべく人員を配置します。そこに配置されたメンバーは、評価の不公平感をずっと抱えたまま、先行き不透明な新規事業推進に当たらなければいけない。このような状況にあると、担当事業が異なるメンバー間での評価の不平さに関する水掛け論にも発展しがちで、社風はどんどん悪くなります。

これらの課題を踏まえ、定量・定性評価の方法を大きく変更しました。まずは、「当年度の営業利益実績/年初に立てた営業利益目標値」という単純計算に、「立てた目標の難易度」と「挙げた実績の会社への貢献度」という二つの軸を評価に追加することにしました。評価点の上限にも変更を加えました。つまり、「額」だけでは測りづらい「貢献」への評価をできる限り公平で公正になる工夫を盛り込んだのです。

この変更により、成果評価に関する不平等感を解消するとともに、社長の懸案事項の一つであった「新規事業の推進が進まない」という課題の解消にもつながると考えています。

導入してからが本番

このプロジェクトでは、これまで紹介してきたこと以外にも、多くの課題の抽出とその解決に取り組みました。重視したのは現場の声です。現場からのヒアリングをベースに課題を洗い出し、それらの課題の一つ一つについて評価者となる管理者及び役員で徹底的に協議をしました。

協議の結果、決定された変更内容は次年度の人事評価制度から適用予定です。

しかし、人事評価で最も難しいのは、「設計段階」ではなく「導入期」です。評価者・被評価者が全員すべからく制度や運用の仕方を理解し、納得のいく説明がなされなければなりません。これは総務や人事部だけの仕事ではなく、各自が「自責で」この変化に対応し、あるべき姿で運用されていくことで、本プロジェクトが本当に成功したと言えるのではないでしょうか。

人事評価の世界では、「人事制度は、全員が納得するものにはならないという前提で作り上げた方が良い」という不文律があると言われています。確かに、どんな制度を導入しても、文句を言う人は出てくるでしょう。しかし、少なくとも「頑張っている人」「評価されるに値する行動や成果を出している人」を正しく評価する制度は、十分実現可能だと私は考えています。本プロジェクトで導入した制度や運用ルールにより、そのような方々が2024年度末に適正に評価されることで、会社に生き生きとした人が増え、さらに良い雰囲気が生み出されることを心から祈っております。


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