事例紹介 / CASE STUDY

AIM コラム COLUMN

新規事業はインスピレーションよりパースピレーション

株式会社アバージェンス

マネジャー

近藤裕馬

新規事業開発が花盛り

最近は新規事業開発の話題をよく耳にします。市場ニーズの変化に呼応した新たな事業立ち上げが待ったなしの状況にあるのでしょう。新たなビジネスモデルや画期的な技術がビジネスニュースを賑わし、どれもワクワクするようなインスピレーションに溢れています。

私もクライアントの新規事業開発を支援させて頂いたことがあります。「こんな事業が創り出せれば素晴らしい」初期の頃は、クライアントと一緒になって興奮気味に取り組みます。しかし一つ、また一つと開発ステップを踏むたび、様々な障害にぶつかります。私自身、当事者として取り組みますので、私も障害に真正面から衝突することもしばし、です。知恵出し会議も、インスピレーションを生み出すというより、パースピレーション(汗をかく)の方に力点が置かれる。新規事業というキラキラなイメージはそこにはありません。そんな体験を紹介させていただきます。

未経験者が集まり不安な出だし 

そのクライアントは、3年間で売上を1,000億円増やす経営計画を掲げていました。とても野心的な計画です。かつ、その計画は、新規顧客獲得や新規事業開発を盛り込んでいました。「組織変革のプロ」としてアバージェンスを評価してくださるそのクライアントの役員の方から、「新規事業創出を手伝ってほしい」というご用命を頂き、このプロジェクトは始まりました。

クライアント社内の新規事業担当部署等から若手中心に10数名が集まりチームができました。早速、チームアップ・ミーティングを開催したところ、突然メンバーに選定され戸惑いつつも、「任せられたからには頑張る」というポジティブな姿勢がみなぎっていました。「良いメンバーに恵まれた」、そう安堵しつつ、今後のワークについてミーティングを重ねていきました。

すると、徐々にチームメンバーの顔が曇り始めたのを感じ取りました。よくよく聞いてみると、実は新規事業開発に本格的に携わったことがない、という方が大半だったのです。「実際にやってきたことは他部署からの依頼に基づく市場調査程度で、ビジネスとして組み立てるのはこれが初めてなんです。」と。

あくまで中長期的な目標とはいえ、百億円規模に育てていきたいと経営が期待する新規事業開発への不安感をメンバーは感じていました。新規事業開発は水物であり、やってみなければわからないものではあります。だからこそ、不安を覚えながらも能動的かつ活発に活動していくことがとても大切です。仮説検証を何度も何度も重ねていくことが求められる初期段階では、仮説の間違いに翻弄され打ちひしがれそうになるものです。市場調査ワークではかたちあるアウトプットを出せますが、新規事業開発は常にかたちが見えないなかで前へ前へと突き進んでいく突破力が何より重要です。一定のアウトプットが見える仕事をある意味受動的にこなしてきた今までとは、仕事のスタイルそのものを変えていただく必要がありました。

そのことをメンバーと共有した際、「任せられたからには頑張ります」との前向きな言葉が返ってきて少し安心しましたが、「これは容易ではないな」と覚悟を決めたのもこの時でした。しかもパンデミックの影響で活動は基本的にオンライン、そのクライアントのデフォルトなのか、カメラは基本オフ…。資料と音声だけでやりとりする隔靴掻痒感を感じつつのスタートです。順風満帆ではないことは確かでした。

大企業のマーケティングチーム、知識は豊富

活動は当初に立てた計画どおりに進んでいきました。新規事業開発序盤の焦点は「誰のどのような課題を解決する事業にするのか」を決めることです。新規事業とはいえ、全くゼロベースから企画するわけではありません。実際に事業化するとなれば、クライアント企業の様々なアセットを活用することになるからです。「誰のどのような課題」について、ある程度の当たりをつけた上で、二次情報をかき集めては分析し、「こういった属性の人たちは、このような困りごとを抱えているのではないだろうか」という仮説立てを行っていきました。

仮説立てやそのベースになる定量分析には3C分析などの基本的な検討フレームワークを多用しました。若手中心のチームとはいえ、そこは数千人規模の大企業に勤める社員ですし、このような重要プロジェクトにアサインされるのは将来を嘱望されている優秀な方々です。分析や考察、洞察などは見ていて「さすが」と思うほど順調かつ内容も優れていました。「こういった人々は、こんな困りごとを抱えているのではないだろうか」「その困りごとは、こんな解決策で対処できるのではないだろうか」という初期仮説が固まり、ビジネスモデルの初版が出来上がりました。ここからいよいよ、仮説検証に入っていくことになります。

机上での議論はできてもその先へ踏み出せない

初期の仮説検証は地道です。「その人々にとって、本当に困っていることなのか」「その困りごとはお金を払ってまで解決したいことなのか」「そのビジネスモデルは受け入れられそうなのか」について、顧客やビジネスパートナーとなり得る方々にヒアリングを重ねる、というシンプルなワークです。

しかし、いざヒアリングとなると急に活動が停滞しました。ヒアリング先が見つからないというのです。コネクションはたくさんあるのですが、ビジネスモデル検証の聞き取りをするまでの関係性は築けていないとか、他の部署のお客さんだから許可をとらないといけないとか、逡巡する理由が多く語られました。ましてはコネクションのない先への飛び込みヒアリングなどは、経験がないので二の足を踏んでしまう様子でした。

決してやる気がないわけではないのです。むしろ、やる気は満ち溢れている。ただ「どう進めていいのかがわからない、自信が持てない」という心理的な抵抗感が一歩踏み出せずにいる原因でした。であれば、一歩を踏み出す後押しをする。私はこれを自分のミッションに据えました。

やってもらうためには、やってみせる

やり方がわからないのなら、やり方を示せばいい。「こうやればいいのか」、「なんだ、案外簡単なんじゃないか?」と気づいてもらえればいい。そう思い、私が自ら始動しました。このプロジェクトの検討領域は小売系だったため、手始めにいくつもの商店街へ足を運び、お店のご主人や利用客の方々を片っ端から捕まえては質問を投げかけました。目的をはっきり伝えれば皆さん進んで情報提供してくれるものです。また公共とのタイアップを見据えていたこともあり、種々の自治体へもアポイントを取り、次から次へとヒアリングしていきました。思い立ってから当初予定していたヒアリング項目に関する情報収集に3日とかかりませんでした。仮説は当たりもあれば外れもありましたが、総じて言えば悪くなさそうだ、という感触が得られました。

顧客と対話し、ようやく新規事業の芽を確認

ヒアリングの結果をメンバーに共有したところ、「もうできたんですか!?」という驚きの声が返ってきました。「そうかぁ…客先に行っちゃえば何とかなりそうですね」という反応も得られました。そこからは活動がどんどん進みました。仮説検証を進める上で、何を確認しなければならないか、誰に聞けば確認できそうか、などを整理して、総出でヒアリングをこなしていきました。結果として、仮説段階では3つあったビジネスモデルが1つに絞られました。何より良かったのは、あちらこちらにヒアリングをするなかで、チームメンバーの皆さんの「この課題を解決したい」という意思が強くなっていったことでした。

打席に立たなければホームランは打てない

新しい事業を生み出す仕事にはワクワク感もキラキラ感もあります。同時に、道なき道を進む険しい難行というイメージもあります。「困り事の解決」という意味では、他の仕事と変わりはありません。新規性がゆえに仮説を立てて検証をするというサイクルが他より多くて早いだけです。その多さと早さにめげそうになるのも、また事実ではありますが…。

今回のプロジェクトを経験し、問いに対する明確な答えを出すことの重要性を改めて実感しました。仮説を立てたらそれが是か非かがわかるまで検証し切ることの重要性です。仮説立てはアイディアいっぱいで面白い一方、検証は地道で手間がかかります。ですので、検証の手を緩めてしまうケースも見かけます。想定顧客に会いにいかず、机上の空論で「まぁ、大丈夫だろう」と高をくくってしまうケースです。そのやり方では、結局、後戻りになります。

「成功する新規事業」を創り出す確立された方法論はありません。少なくとも私は知りません。ただ、こうしたら失敗する、という避けるべき行動はあります。手を抜きたくなるところで手を抜かない。熱意も必要でしょう。「コレはイケそうかも」と思えるモデルの周りには、数多くの失敗作が転がっています。となれば、めげない耐性も必要ですね。このプロジェクトを通じて再学習したことです。

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