事例紹介 / CASE STUDY

AIM コラム COLUMN

実行力を高める戦略づくり

株式会社アバージェンス

マネジャー

北村 貴志

論拠のない目標に疲弊する現場

「来年の目標は今年の20%増だな。」次年度の戦略を策定する幹部会議は、ある取締役のそんな一言から始まった。来期目標は、今期の20%増…。会議が終わり、帰路につく管理者諸氏はため息混じりにこう語り合った。「思ったより高かったなあ。もう少し低く抑えたかったんだけど…。まあどっちにしても、20%は難しいだろうけど今年の数値は切らない様にしないとな。」

私は、仕事柄、様々な企業の幹部会議に陪席する機会が多いです。そして“目標設定”が議事のとき、前述のような場面に遭遇することがままあります。自分が率いる部署やグループが担わなければいけない目標なのに、それに対する管理者の態度がどこか他人事で投げやりに映る。そういう場面です。

「魂が籠もっていないなぁ…。このままで管理者諸氏は目標達成に向けて真剣に走り出せるのだろうか」と思ってしまいます。普段の業務は真面目に取り組んでいるのに、話題が目標設定になると、どこか投げやり他人事のように映る…。色々な原因が想定できますが、私は“前年対比◯◯%増”という【前年度主義】が悪さをしているのだろうと思います。

このコラムでは、私が経験した具体的な事例を基に、【前年度主義】の弊害やそこから脱却していくための方策についてお話しさせて頂きます。

【前年度主義】という魔物

ある教育事業者の例です。

地域密着型の教育事業を展開するその企業では、事業年度の後半に経営幹部から次年度の”実質的”な目標が示されるのが慣習になっていました。

“形式的“な目標は別の方法で設定されます。管理職層が自部署の現況や中期的な狙いを考慮した上で設定した目標を上申し、幹部層が検討する、という方法です。しかし、実際には上申されたボトムアップの目標数値に関係なく、前年比で◯◯%アップというかたちで目標は決まっていました。実際にはボトムアップ目標も考慮はされているのですが、経営幹部が鶴の一声のように目標を示すので、現場の管理職層やスタッフは「目標はトップダウンで決まるもの」と思い込んでいました。

トップダウンであること自体は是非を問うものではないと思います。狙いや理由、根拠などが示され、実行を担う当事者の納得を得ていれば、目標として機能します。ただこのケースでは、目標は経営幹部の肌感覚で決まっていました。肌感覚とは、前年度の実績に対して「今年は〇〇%伸ばそう」という【前年度主義】に因るものでした。

現場のリアリティと常に向き合っている管理者や実務者は、やみくもな前年対比◯◯%アップ、に納得していませんでした。自分達なりに考えた数値目標が根拠なく撥ねられた上で、只々プレッシャーをかけ続けられている、と感じていたのです。

このような状況が続くと、当事者の”当事者意識”は次第に薄れていきます。達成に向けた真剣さやモチベーションも低下します。何かに挑戦していくことに身が入らないので、前年を超える結果が出ません。すると、その翌年は更に高い目標とプレッシャーをかけられる。このような悪循環に陥っていました。

当事者意識の欠落は厄介です。このケースで特に問題だったのは、実情把握と課題発見・解決策検討がなおざりになってしまっていたことでした。

このような負のサイクルを断ち切るためのプロジェクトが始動し、私もそれに関わることになりました。私は「必ず正のスパイラルを実現する」という想いで、このプロジェクトに没入しました。

『あるべき姿』設定に向けた葛藤

現場管理職が自分達であるべき姿を描き、適切な目標を設定する。それを経営目線で検証し、議論を重ね、全員で目指すべきゴールを描き出す。こうした当たり前のプロセスを新たに練り上げていくことが、負のスパイラルを断ち切るために必要だと私は考えました。

まずは現状を正しく把握するため、私は現場管理職やスタッフの方とのヒアリングを重ねていきました。その結果、以下の課題が浮かび上がってきました。

  • 市場環境や顧客の動向が把握出来ていない
  • 過去の取組に対する評価、検証、改善が出来ていない
  • 失敗への叱責に対する怖れから内部向けの言い訳づくりに奔走し、顧客を見ていない

課題の具体は以下のとおりでした。

市場環境や顧客の動向が把握出来ていない

この教育事業者の主要顧客は、地元に残って職業訓練することを志望する高校卒業生でした。この事業者は、そのニーズに応える多種の教育機関を幅広い地域に有しています。ですので、この事業者が知るべき市場や顧客の情報とは、地域別の高校卒業生の詳細な進路データでした。

しかし高等教育に関するマクロデータからは、そこまで詳しい情報を得られません。であれば、自社独自に集めるしかないのですが、その情報収集が慢性的に不足しており、よって事業分析や成長施策出しが難しい状態でした。

過去の取組に対する評価、検証、改善が出来ていない

この教育事業者は長らくこの事業を営んでいるため、過去の事業施策を数えればかなりの数になります。効果が出た策もあればそうではない策もあったでしょう。残念なことに、施策単位での効果検証が不充分だったため、どんな状況の場合にどのような施策が有効かという知恵が蓄積されていませんでした。特に施策が失敗したときの振返りが行われていなかったため、策の内容が悪かったのか、策の実行が悪かったのかがわからない状態でした。勉強で言えば、たくさんの問題を解いてきたが、◯✗もつけたりつけなかったりで、✗の場合にどこで引っかかったのかがわからない状況、となります。そんな状態ですので、過去に上手くいったから、という理由だけで惰性で行っている施策が散在しており、実際それらの策が奏功していないことも少なくありませんでした。

失敗への叱責に対する怖れから内部向けの言い訳づくりに奔走し、顧客を見ていない

施策検討の会議資料を分析したところ、ある特徴に気づきました。実績が芳しくない外的理由が延々と述べられてはいるものの、真因分析や打開策にはほとんど触れられていないのです。この点をヒアリングで掘っていったところ、どんな狙いで策を出し、どのような工夫で成果出しを狙い、どこでつまづき、どう挽回しようとしたのか、を語れる現場責任者や管理者が非常に少ないことが明らかになりました。更に対話を重ねると、内向きになってしまっていることを認める発言が次々に語られました。

私は上述した3つの課題解決に向けて、「市場環境把握による向上余地の算出」、「組織内施策の量・質改善余地の把握」、「顧客に向けた提供価値の言語化」を改革序盤に取り組むチャレンジに設定し、現場責任者や管理者らとの対話を通じて、「まずはこの3つをやろう」という気運を高めました。

『施策』とは因習的マジックではなく遂行的ロジック

まずは「市場環境把握による向上余地の算出」から始めましたが、想像以上の苦戦を強いられました。組織に内在するデータは体系立っておらず、欲しい情報が抜け落ちている状態だったからです。仕方なく、県立図書館に足を運んでは、各高校別の進学データを一つ一つ丹念に収集しました。地域内の潜在ターゲットとなる高校約100校の進学者や進学先を分野別に細かく振分け、分析していきました。

各学校の卒業者データを積み重ねる事で県内全体の動向がわかるようになり、進路分野別の市場規模を狙った粒度で算出できるまでになりました。これにより、事業別、つまり保有する学校法人別の事業伸長余地を具体的な数値に落とし込む事ができました。

次は、効果的な施策出しです。社内には数々の施策履歴がありました。その利活用で、どんな場合にどんな施策が有効そうかを洗い出すことにしました。前述した3つの課題解決の2つ目である「組織内施策の量・質改善余地の把握」です。

既に述べたとおり、過去施策は組織のあちらこちらに散在していましたので、まずはそれらを収集する必要がありました。ただ集めるだけでは知恵の体系化にはなりません。狙いと実践、結果と振返りを定性面、定量面で網羅的に明記したものなどありませんでしたので、過去の施策を集めながら、足りない情報は聞き取りをしたり、アンケートをとったりしながら追加していきました。これも難儀でした。気が遠くなりそうになりながら過去施策を集め、不足情報を追加し、体系整理していきました。そうすることで、過去施策の考案・検討・実施に関する改善点も多数見つかりました。

言うまでもありませんが、有効な戦略や施策の検討には、明確な目的のもと定められた狙いや、狙いを裏付ける実践的なデータ収集・分析や、試行錯誤から得られる知恵の蓄積などが重層的に整う必要があります。そのためには都度都度考え、汗を流して実践しなければなりません。「過去からこうしているから」とか「やってみれば何とかなるかもしれないから」は通用しません。ハリーポッターの杖はフィクションのなかにしかありません。

『あるべき姿』に立ち上がる雄姿

言うなれば【遂行的ロジック】が必要なのです。このことを、整理した市場データや体系施策を用いて現場責任者や管理者にわかりやすく伝えながら、新しい施策づくりを持ちかけました。しかし、向上余地や組織内部の改善余地をどれだけ具体的に示しても、相手から出てくるのは「やったことがないことはやらない」という反応ばかりでした。

新しいことに向き合わない理由は大きく分けると2つです。「やり方が分からない」つまりCANの問題か、「やりたくない」つまりWILLの問題か、です。このケースでは後者が際立っていました。

時には激しい議論を交わしながら現場責任者や管理者に向き合った結果、「挑戦をして失敗すると強く叱責される」という認識が根底にあることが「やりたくない」原因であることが判明しました。

それを踏まえて、私からは2つの対策を行いました。1つは、経営幹部への働きかけです。「挑戦を称賛するコメントとフィードバックをしてもらい、積極的な行動の”結果”に対する叱責はしない」ことに合意してもらいました。もう1つは、彼ら自身の行っている教育サービスの本来の目的と提供価値を考えて、改めて言語化してもらう事です。

この「顧客に向けた提供価値の言語化」は、初期ヒアリングを通じて発見した3つの課題解決の1つでもありました。この事業者が提供している教育サービスの顧客は18~20歳の若者です。人は一生学び続ける存在ですが、この時期の学びはその後の人生に大きな影響を及ぼす重要なものです。現場責任者や管理者にその意義を改めて自覚してもらう事で、この方々の意識を組織内部ではなく、顧客である学生に向けてもらうように働きかけました。

経営幹部からの挑戦への奨励も効きましたが、それ以上に「提供価値の言語化」は当事者の方々に刺さった様子でした。徐々に姿勢が変わり、「あるべき姿」とその達成に向けた前向きな議論ができるようになりました。意識や姿勢に対する働きかけと並行して、具体的な施策検討と活動計画を練り上げることで、「あるべき姿」達成に向けた道筋をより鮮明にしていきました。

見据えるべきは『過去』よりも『未来』

こうして徐々に現場責任者や管理職の発言や行動が”自分事化”していきました。この好転をきっかけに、最後の仕上げに取り掛かりました。

最後の仕上げとは経営幹部の変化を引き出すことです。現場責任者や管理者がいくら変わっても、「来期は昨対◯◯%アップでよろしく」とされたのでは、現場は梯子を外されたように感じ、無力感の学習が強化されてしまいます。

私は、現場との対話と並行して経営層とも協議を重ねて、3つの変化を促しました。

1つ目は、経営層の方から努めて現場との対話を増やしてもらうことでした。過去は現場の現状を鑑みずに経営幹部が一方的に意思決定するのがデフォルトでした。そこで、実施した外部環境分析や組織内部の課題分析結果を示しながら、中長期で目指す方向性について現場責任者や管理職と”対話”することの意義を訴え、そういう機会を増やしてもらいました。現場からの意見を真剣に聞き、経営側として譲れない点も話してもらう事で、お互いの認識が擦り合わされる場をつくったのです。

2つ目は、現場の意思決定の尊重、でした。適切な意思決定を行う為に必要な外部環境分析を各現場が発信できるようにしていったことで、事実とデータを基に協議をすることが可能になりました。それに基づく現場側の主張の信憑性が高まり、経営の意図との乖離も減り、経営側から見ても現場の意思決定を認めやすくなっていました。経営が目指す事業成長と同一線上にある限り、現場の意思決定を尊重することは、現場の自分事化を促進することになります。その意義を経営幹部に訴えていったのです。

最後に行ったのは、主要帳票から前年度数値を削除することでした。これまでの「前年対比〇〇%」ではなく、未来の目標から逆算した「あるべき姿」を比較対象とすることで、未来に向けた議論を促すようにしていきました。

現場と経営層が同じ未来を見据える事で、【前年度主義】という魔物は一旦は退治されました。しかし、未来に向けた冒険を進めていると、またその魔物がふとした時に顔を出すかもしれません。私はこの冒険にまだまだ寄り添い続けるつもりです。