株式会社アバージェンス
シニア・マネジャー
松尾篤賴
DX化に関する一般論
デジタルトランスフォーメーション(digital transformation)という言葉は、2004年にウメオ大学(スウェーデン)のエリック・ストルターマン氏が論文”Information Technology and the Good Life.”の中で提唱したと言われている。
DXという言葉の定義は多くあるだろう。フリー百科事典『ウィキペディア』*1によるとDXとは「デジタルテクノロジーを使用して、ビジネスプロセス・文化・顧客体験を新たに創造(あるいは既存のそれを改良)して、変わり続けるビジネスや市場の要求を満たすプロセスである」と記されている。
この言葉を私なりに理解すると、「デジタルの力を借りて新たな仕事のプロセスを作る」というシンプルな表現になる。デジタルを用いるか否かは別として、新たなプロセスを作るには、どこをどう変えるのかを考えなくてはいけない。そのためには、まず現状がどうなっているのかを正しく理解しないことには始まらない。
近年は様々なDXを謳ったパッケージや製品が世の中に溢れているが、家に例えるならそれは“建物”だろう。立派な建物を建てるには、しっかりとした土地と基礎がなくてはいけない。
そのように考える私が直接関与したDX化のプロジェクト経験について語っていく。
アナログからスタート
そのプロジェクトは、まさに上述のDXの定義、あるいは私なりの解釈の達成を目指したものだった。そのクライアントにとって、事業を行う上で欠くことのできない、しかも改善に次ぐ改善の結果、複雑化してしまった業務プロセスの刷新が目的だった。
プロジェクトが始まり、最初に実施したことは、AsIs(現状の)プロセスの分析だった。約3週間、20部署にもわたる壮大なプロセスがどうなっているのかを知るため、それぞれの担当分野を担う方々への現状ヒアリングと、課題の明確化に明け暮れた。
ヒアリングと言っても、ただ聞くだけではない。大きな紙(縦1m×横4mくらい)に付箋とサインペンを使用してAsIsプロセスを書き出してく、という極めてアナログな作業である。一人分を聞き終えるとぐったりするほどのワークだが、こうするのには訳がある。このやり方には3つの効用がある。①書くことで可視化される、②可視化されたプロセスを前にしてヒアリング相手と共にプロセス上の行き来ができる、そして何より③ヒアリング相手にも記入を分担してもらえる。作業負荷分散という意味もあるが、実際にその業務にあたっている人がご自身の言葉で表現することで、リアリティが増す点に効用がある。
ヒアリングを進めていくと、『あ、こことここの間にこんなプロセスがある』ということが多くあり、アナログが故に、付箋を剥がして、貼って、とすればすぐにアウトプットが調整できる。これは非常に便利かつ実効性が高い。
業務プロセス分析をしたことがある方はおわかりかと思うが、実際には前工程から後工程に一方通行に、そして流れるように単純化された線にはならない。分岐する“場合分け”があり、どんな時に、どのような判断軸で分かれるのか、ということも明確にしなくてはいけない。逆にプロセスが合流することもある。他部署を跨ぐプロセスもある。場合分けが判断によって異なることも加味すれば、三次元的ともいえる複雑な様態をはらむもの、それが業務プロセスというものだ。
こうしたワークの途中、途中で、ヒアリングの対象者は頭を抱え始める。自部署の業務プロセスを言語化して、第三者であるコンサルタントに伝えるというのはなかなか難しい。普段、何気なく実施している業務でも、実は基準が曖昧であったり、人によって進め方が違ったりすることも往々にしてある。そうなると余計に説明できなくなる。
こうした努力と紆余曲折があって、ようやくAsIsのプロセス図という1つの“作品”が出来上がるが、ここまでではまだ半分しか終えていない。AsIsが見えたら次は、どこをどう変えるべきかの議論をする必要がある。それが目的でAsIsを可視化したのだから。この“どこをどう変えるべきか”の検討もまた難しい。仕事のやりにくさは感じていたとしても、いざ改善の具体例や実際にどう変えるべきかを考え始めてもアイディアは簡単には出てこない。
言い換えれば“ありたい姿”が分からない、描けないということだ。これは対象としたすべての部署に共通のことだった。
遠回りのようで最短ルート
何をどう変えるべきかを描けないまま時間は刻々と過ぎていく。このまま議論を続けても、きっと良い答えは出ないと感じ、あるセッションを挟むことにした。自部署のありたい姿を描き、ありたい姿を実現するために、必要な具体的行動は何か、これを明文化するというセッションだ。
明文化の際には“単語で記さない”というルールを設定した。例えば「管理」という単語のような意味範囲の広いビッグワードを用いてしまうと、人によってとらえ方が違ってしまうからである。そうではなく「~をする」と動きのある言葉で具体的に記すことを求めていった。
また、既存の延長線上で考えるのではなく、求められているミッション(例えば売上向上や利益増など)に沿って、“どうありたいか”をみんなで検討した。
このプロジェクトは部門横断的であったため、普段接しない人ともたくさんディスカッションができる、という副産物を得ることができた。そうすると、凝り固まっていた考え方が柔軟になる。「こうなりたい、こんなことをやってみたい」と徐々に意見が出て来て、ありたい姿が明確になっていった。
ようやく見えてきたありたい業務プロセス
そして、ついにありたい業務プロセスが描けた。
ありたい業務プロセスを既存の延長線上で描こうとしても難しい。白飯に「ふりかけ」をかけても、味付けは若干変わるものの白飯は白飯のままである。「ありたい姿」を目指して見直すのであれば、根本から見直し、組み立てを変える。つまり「炊き込みご飯」にする必要がある。業務のDX化の要諦がここにある*2。「今までこうやってきた」ではなく、「これからはこうありたい」をベースとし、そこと照らし合わせるとどのような業務プロセスが最適か、という具合に視点を変えることが肝要だ。
本当にできるのか
ありたいプロセスが出来上がった。しかし、このプロセスを「明日から実行しよう」と言ってもできない。そんなに簡単なら、既に実行している。ここに理想と現実の差が見えてくる。
どう考えても現有リソース(人数・スキル)では実行できない。本件に限らず、何か新しいことを始めようとしても急にできるようにはならない。何事にも練習が必要であり、試行錯誤が必要であり、漸進的な変化が必要である。それをホンモノにしたいのなら。
要するに、段階的な移行になる、ということだ。ちょっとした変更で対応できることもあれば、時間や手間のかかることもある。それらを整理して実行しなければ、どこかで試みは頓挫する。バックキャストで移行のスケジュールを決める、現有リソースでできる限界点を探る、解決策を考える期間を設定する、移行中の次善の策を考える。段階的移行とは、つまりそういうことだ。
課題の潰し込み
現状がわかり、ありたい姿が明確になったら、そのギャップ、つまり課題を潰し込んでいく。課題には今すでに見えているものと、見えていないものがある。往往にして見えていないものの方が大きな課題で、それに対処しないと前に進めない。
今見えていない課題をどう見出すのか。例えば、トップボックスに「ありたいプロセスが実現できない原因は?」と置き、構造的に分解していくという手法を使い、「全部出し」から始めるのが有効だ。ここでのポイントは関係各部署の人をバランス良く集めてディスカッションをすること。声が大きい人の考えだけを聞くのではなく、バランスをとることが大切となる。
そのために我々は、グループディスカッションを多用する。グループディスカッションでは、その目的や方法、手段などの全体組立てが肝心だが、同時にメンバー構成にもこだわっている。誰と誰を一緒のグループにするか、どのような組合せだとディスカッションが進むか、などグループ内でのメンバーの組み合わせは大切な仕掛けの一つである。
打ち出の小槌などない
業務のDX化を主題とした本稿だが、ここまでDX導入の話がほとんど出てきていない。つまるところ、これが私の主張である。DXと言うと何かしらのシステム導入や自動化など「飛び道具」の取り入れをイメージするが、私はそれが最初に語られるべきではないと思っている。DXで何を成し遂げたいのか、本来すべき役割は何か、役割と照らし合わせるとどう仕事を進めるのがベストなのか、を明確にすることが先にあって、その後で、一つの方法論としての「飛び道具」検討に入るのがいい。私はそう信じている。DX化の第一歩は泥臭く、アナログな分析から始めるのが良い。手間暇を惜しまず、そうするのが、良い。
*1 フリー百科事典「ウィキペディア」、デジタルトランスフォーメーション、2023年09月01日アクセス
*2 バックオフィス進化論、第四次産業革命時代のDXの本質とは、2023年09月04日アクセス