AIMマネジメント研究所
渡部 公太郎
“常識”という名の資産
この仕事をしていると、会社組織に渦巻く様々な“常識”に触れます。“常識”とは「ある社会を構成する上で当たり前となっている価値観、知識、判断力」のことですが、世界に目を向けても実に変わった“常識”が存在します。例えば、アフリカのケニアに住むキクユ族は“挨拶で唾をかける”という風習があり、これが常識。理由があって、魔除けの効果があると伝わっており、唾を掛けることが悪い物から守ることになると信じられているそうです。このように、“常識”は何かしらの道理に基づいていて、それが共通認識されている生活習慣や歴史、文化などが関わっています。そこには、それを“常識”せしめた何かしらの先人の英知があるわけで、会社組織における“常識”もまた、会社や事業を現在にまで導くに至った“ノウハウ”や“習慣”等に基づいた固有のパラダイムと言え、1つの資産であるとも捉えられます。
ただこれは、国、地方、家庭等を含め“社会”によって変わりますし、時代などの時間経過にも不変ではありません。時に科学的な事実に反することもあるでしょう。かのアルベルト・アインシュタインは「常識とは、18歳までに身に付けた偏見のコレクションのことを言う」と語り、“当てにならないもの”と言います。それは極端な言い回しだとしても、“常識”とされていることを全く疑わずに正しいと思い込んでいると、思わぬ失敗やトラブルを起こしてしまうことがあるかもしれません。個人の価値観が多様化し、技術進歩もあり多種多様な人達と交流を持つことも簡単な時代、違った文化・思想と触れ合う中で“常識”もまた進化・多様化していくものと思料しますが、これまでの“常識”は、時に本来の能力を押さえつけるものにもなって、狭い箱の中に閉じこめられていることに自分自身でも麻痺して気付けないということもあります。
不易流行
“温故知新”という言葉があります。「過去の歴史や知恵、慣習などを学び、大切にしてこそ、本当の新しさが理解できる」という意味ですが、似たものに“不易流行”[1]という言葉があるのをご存知でしょうか。「いつまでも変化しない本質的・基本的なもの(不易)を忘れず大切にしながらも、時代ごとの斬新なアイデアや価値観など新しい変化(流行)を取り入れ続けていくこと」、という主旨で理解されています。江戸時代を代表する俳人松尾芭蕉が提唱したとされますので、元々は俳句の世界の理念ということです。「不易を知らざれば基立ちがたく、流行を知らざれば風新たならず」と言い、「良い俳句が作るならまずは普遍的な俳句の基礎をちゃんと学ぶべき。でも、時代の変化に沿った新しさも追い求めないと、陳腐な句しか作れなくなるよ」という所から生まれています。この“不易流行”という言葉は、今や様々な場面で親しまれ、ビジネスシーンなどにも使われます。「会社として、組織として、守るべきものは残し、変えていくべきものは勇気を持って変えていこう、しっかり見極めよう」というように。ただ、“不易流行”は、本来は、単に“変えるべきものとそうでないものを見極める”という意味ではないそうです。
変化こそが不変の法則
芭蕉は「不易も流行もその根本は一つ、それが“風雅の誠”」と言います。“風雅の誠”も、俳諧の根本理念の一つで、「私心を捨てて大自然と一体となった、永遠不変の境地」のことなのだそう。「不易流行」の根底にある理念だそうですが、“永遠不変”と言ったり、はたまた“流行”と言ったり、どういうことなのでしょうか。紐解くと、「流行が極まれば、やがて変わらない法則や定番としての不易となり、それが極まれば徐々に廃れていき、なくなる。しかしやがて、それを新しいとする視点が生まれ、新たな流行となる」ということです。だから本質的には変わらない“風雅の誠”なのだと。
これは、“陰陽一体”に通じているとする解釈があります。世界の物事は陰と陽の2つの極に分けられるとされ、この陰と陽は表裏一体で互いに影響しながら変化し、陽が極まれば陰に転じ、陰が極まれば陽に転じると言われます。少し難しい話が続きましたが、不易も流行も“表裏一体であり別物ではない”ということ。「変わらないものを見極め、変えていくべきものは捨て、新しきを取り入れる」というよりも、「万物の変化の法則を理解し、それを生きる道に活かすということ。それがより豊かな歩みに繋がる」と言っているのだと思料します。もっとわかりやすく言えば、「好調を極めたときにはすでに後退がはじまっているかもしれない」、あるいは「今は受け入れられなくても、明日は評価されるかもしれない」ということであり、「何事も安住してはいけない」ということを教えてくれているのではないでしょうか。
習慣が作る“不易流行”
そのためには“変化”を理解することが重要となってくるわけですが、ここがなかなか難しいということではないでしょうか。
かの孫子は、人や組織が勢いをなくす原因として、“考え方や態度が硬直している”、つまり、“柔軟でない”ことを挙げています。四角い物体に例えて「方(四角)なれば即ち止まり」と表現し、四角四面の考え方をする人や組織はなかなか動かないと伝えます。そういった「硬直」は多くの場合、長年それでうまくいっていた経験や方法等に固執することから生じます。切羽詰まった状況に置かれて初めて人も組織も重い腰を上げる、という感じですが、本当に切羽詰まってからでは遅いので、「このままでは危うい」ということを、まだ種のうちに見つけることが肝要です。
「善く戦う者は、これに勢を求めて、人に責(もと)めず」、孫子の兵法[2]の第五章「勢篇」で登場する一節です。「勢いに乗れば兵士は思いがけない力を発揮する。丸太や石は、平坦な場所では静止しているが、坂道におけば自然に動き出す。」と言います。この“坂道”というのが大きなポイントです。人も組織も“行動力にかける”原因の1つには、“安定した環境の中でぬくぬくとしている”ことがあります。敢えて行動を起こさなくても困ったことにはならないという安心感から行動力が鈍ってしまいがちです。つまり“坂道”とは“危機感”と言い換えられます。目の前に達成困難な問題や挑戦的な課題があれば嫌でも緊張するし、何とか現状を打開せねばと行動を起こすようになります。
ただ、大事・難事が降りかかった時に急に「さあ、行動しろ」というのも無理があって、行動力というのはある種、“習慣の賜物”でもあるので、常日頃から磨いておかなければ、いざという時に十分に効力を発揮できないとも言えます。
つまり、常に危機感や緊張感を持って事に向き合う姿勢と、そうやって現状を見つめ、問題点を洗い出しては自身を次の行動に駆り立てる“習慣”が大事で、そういう“習慣”こそが、“不易流行”に繋がり、組織の“常識”を(自然に)刷新する機会ともなります。そのような“習慣付け”を組織に対して行うことこそが、まさにマネジャーの至高の仕事なのではないでしょうか。
[1] 小さいからこそできる「不易流行」の経営(1995)山田 宏著、日経BPマーケティング
[2] 超訳 孫子の兵法「最後に勝つ人」の絶対ルール( 2013)田口 佳史著、三笠書房