アバージェンスマネジメント研究所
ファウンダー 大西 秀亜
昨今、企業価値向上への取り組みにおけるCFO(最高財務責任者、Chief Financial Officer)が果たす役割の重要性が指摘されている。また、CFOではなくとも、経営幹部や中間管理職が「CFO的視点」を持つことが重要であるとの論考も見受けられる。
一方で、世の中には無数のCFOがいる。企業の成長ステージ、企業規模、その企業における管掌範囲など千差万別であり、一般的にCFOという仕事に対する解像度はあまり高くない。経理部長や財務部長と何が違うのであろうか。
たまたま筆者は9年間にわたり、2つのアパレル企業でCFOという仕事を連続して務めた経験がある。
最初にCFOとして着任した株式会社リンク・インターナショナル(株式会社リンク・セオリー・ホールディングスへ社名変更後に上場)は、設立後3年の未上場会社で、前年度売上は約6億円だった。その後、オーガニックな成長と買収、東証マザースへの上場を経て、7年間で売上を約600億円まで伸ばした。
CFOを務めた二つ目の会社は株式会社ファーストリテイリングで、リンク・セオリーが同社の完全子会社となった後、グループ内異動という形でCFOを拝命した。当時、ファーストリテイリングのグループ売上は約8,000億円であった。CFO在任期間7年で売上100倍、9年で1,300倍を経験できたことは、稀有なことであり、筆者のビジネスキャリアにおいてかけがえの無い学びとなった。
CFOとしての9年間は、まさに悪戦苦闘の日々で、自身の仕事を客観視し、言語化する余裕は無かった。卒業後十数年が経過した現在、改めて自身のCFO論を試みる。
1. CFOは未来を創る仕事
どんな企業においてもCFOは要(かなめ)のポジションである。企業を取り巻く「お金」の責任者として「金庫番」と称されることもある。そのお金を扱い、お金を通して企業活動を表現する経理・財務は、CFOが担当するコア領域である。「経理」と「財務」は並べて扱われることが多いが、厳然たる違いがある。それは時間軸である。「経理」は過去に行われた企業の活動を、財務諸表(貸借対照表や損益計算書など)として表現することで、過去から現在を扱う。「財務」は過去と現在に基づいて、将来に向けて必要な資金を予測したり、調達したりすることで、未来を扱う。
「経営企画」もCFOのコア領域と言える。過去の実績数値と足元の事業実態を的確に把握し、将来(自社に限らず、マクロ環境など社外の状況も含めて)の見立てに基づいて、実現可能な成長計画を策定し、それを実行し、実現していく。目標とのギャップを埋める現実的な施策を立案する。計画からの乖離を素早く把握して、適時に対策を取っていく。適切な計画作りとその実現に欠かせないのが、CFOとそのチームメンバーによる、全社・各部署の事業理解である。
CFOは数値面で、過去から未来を創り出す役割と言える。
2. CFOは選び取る仕事
CFOとして具備しておきたい専門性は会計、税務、金融に加えて法務の知識と考えている。企業活動における取引は全て法的側面を持っており、何か問題が発生した時、課題に取り組む時、事業のやり方を変更する時など、常に法的な検討が必要となる。
会計だけの問題は簡単である。それが、税務や事業推進などの面と絡み合う課題である時、難易度は格段に上がる。例えば、会計・税務面からは選択肢A、事業推進の面では選択肢B、法務面では選択肢Cというように、一つの課題に対し、それぞれの分野の専門家から異なる選択肢が推奨される状況がある。そのような状況では、CFOこそが、それらの推奨内容を比較衡量し、結論を選び取って行かなければならない。
3. CFOはCEOの最大の批判者であり、最大の支援者である
筆者は、いつの頃からか、CEO(最高経営責任者、Chief Executive Officer)とCFOの関係をこのように表現するようになった。CEOも人間であり、間違うことは当然ある。また、経営判断に必要な情報やアドバイスを求めてもいる。CFOが忖度してCEOとの衝突を避けていては、会社が間違った方向に進んでしまうかもしれない。その意味で、CFOはCEOに対する最大の批判者としての意識が必要で、時に応じて厳しいことを言わなければならない。
ただし、批判ばかりしていては、CEOはおろか、社内の他のメンバーからも信頼を失ってしまう。最大の支援者でもあることが、最大の批判者であることとバランスする。良い会社の特徴は、CEOが実現したいことが実現することである。CFOの仕事は、CEOの実現したいことを、「よりよく」実現することである。
4. CFOは良き翻訳者でありたい
企業組織におけるコミュニケーション課題とその要因は多岐にわたる。経営チーム、ミドルマネジメント、スタッフレベル間のコミュニケーションギャップには構造的な理由がある。
端的に言えば、階層ごとに見えている景色が違う。持っている情報の量と質、扱う課題の難易度、トップ(CEO)との接触量などが、違って見える理由である。見えている景色が違うと、同じ言葉や文章であっても受け取り方や理解の仕方が異なってしまうことがある。このようなコミュニケーションギャップが累積することで、組織運営が困難になっていく事例は意外なほど多い。特にCEOが会社の主要株主であるオーナー系企業において注意しなければいけない。
異なる階層から発せられた言葉や文章の意味・背景を、誰かが上手に翻訳して伝えることで、このようなコミュニケーションギャップを緩和することができる。CEOに近いCxOの誰かが、このような翻訳者を務めることが望ましい。CFOはその最有力候補である。
5. 成長ステージに応じて変化するCFOの役割
企業規模、企業の成長ステージによって、CFOが管掌する領域や、注力すべき役割が異なる。それを筆者の経験から具体的に解説する。下表が、筆者が管掌していた領域の比較である。
リンク・セオリー (2002年〜2009年) | ファーストリテイリング (2009年から2011年) |
・経理 ・財務 ・経営企画 ・IR ・法務 ・人事 ・総務 ・情報システム ・M&A ・海外事業 | ・経理 ・財務 ・経営企画 ・IR ・法務 |
リンク・セオリーのような設立後数年のスタートアップが、管理領域それぞれの専門家を揃えることは不可能である。CFOが経理・財務だけをやっている余裕はなく、それ以外の領域も管掌する「管理本部長型」を要求される。それぞれの管理領域(人事、法務、情報システムなど)について知見習得に努力し、あわせてジュニアな担当者と外部専門家を組み合わせて、最低限の品質を担保していく。
ファーストリテイリングでは、管理領域における組織と人材が揃っていて、リンク・セオリー時代のように広範な管掌分野を抱える必要はなかった。一方で、ブランド(ユニクロ、セオリーなど)と地域(日本、中国、韓国など)のマトリックスで事業ユニットが存在しており、その事業ユニットを最も強力にサポートできるファイナンス組織の確立などに注力した。
どんなステージにおいても、事業側の業務推進は課題山積であり、オペレーションの改善・効率化、将来を見据えた適切な投資(人材や情報システムなど)にも積極的に関わらなければ、売上・利益の健全な成長は望めない。
ここで、オペレーショナルな課題への対応事例を二つ紹介したい。企業規模・成長ステージによって、CFOの仕事のアプローチや時間軸に大きな違いがあることを実感いただけるかもしれない。
【リンク・セオリーCFO時代の事例】
CFO着任間もないころ、毎日、営業担当者数人が経理の出納係のところにやってきて精算事務のようなことをしていた。何をしているのか聞いてみると、外訪時の電車代の精算だという。筆者は即座にオレンジカード(プリペイドカード、現在は廃止されたJR東日本のプリペイドカード)を営業担当者に持たせる変更を行なった。私的流用の可能性があり、管理面では緩くなるが、社員の貴重な時間が毎日浪費されることに比べればベターと判断した。
成長するスタートアップ企業では無数の新しい仕事・チャレンジが生まれる。初めはこれをプロジェクト的に対応し、次回以降はルーティンとして行えるように定着化を図る。これを愚直に繰り返すことで「カオス」状態に秩序が生まれる。この秩序化は企業価値向上の重要な部分を占めている。
【ファーストリテイリングCFO時代の事例】
CFO着任前からスタートしていた全世界統一の新基幹システム構築プロジェクト(当時「G1プロジェクト」と呼ばれていた)があった。グローバルで成長していくために、システムとオペレーションを統一する。地域やブランドごとにシステムやオペレーションが異なっていては、成長速度が落ち、売上が増加してもコスト増が利益率を毀損するリスクがある、とCEOは考えていた。売上成長と利益率維持改善を同時に達成するための中心施策がこのG1プロジェクトであった。
全世界統一なのだから簡単なはずがない。国、地域ごとに法令、特に会計・税務に関する違いがあり、筆者を含む本プロジェクトのリーダーたちは、プロジェクト全体のコスト管理をしながら、それらの違いについて、プロジェクト目的を達成できるように細かな修正を行なっていった。
以上、決して体系的とは言えないが、当事者としてやっていた時の想いや学びから、筆者が考えるCFO像を述べてきた。これからCFOを目指す方、CFOを採用したい経営者の方などにとって、少しでも参考になれば幸いである。
最後に、今後CFOを目指す方に次の言葉を贈り、本稿を締めくくりたい。
「CFOには経営者としての熱量と会社の最終防衛ラインとしての責任感が必須である。」