アバージェンスマネジメント研究所
主席研究員
松尾篤賴
はじめに
ビジネス環境は常に変化し、企業は生存と成長を続けるためにこれらの変化に適応しなければならない。昨今のビジネス環境変化のなかでも、人工知能(以下AI)は、避けて通れない激変だと言える。
アバージェンスは、経営コンサルティングファームとして数多くのプロジェクトを手掛け、マネジメントとオペレーションの最適化により、クライアント企業の売上や利益を向上させる伴走支援をしている。
そうしたクライアントとの共創のなかでAIは欠かせない存在になりつつある。AIがもたらす可能性への期待感は高まり、クライアントのマネジメントやオペレーションにも、アバージェンスの伴走コンサルティングワークにも、AIが織り込まれていく。かつて“電話”がそうであったように、AIは企業活動のあらゆる場面に活用されるようになり、主役や脇役を務めながら、企業経営の意思決定や組織文化の醸成にも影響を与えることだろう。
本レポートでは、AIの導入が経営意思決定と組織文化にどのように影響を与えるかを手探りしていく。
AIとその期待と懸念
AIの導入に関する議論は、その技術が社会や産業にもたらす変化が論点になっているようだが、それはつまるところ顕著なメリットと伴うリスクに二分されるように思う。一般常識で考えれば、世の中には“メリットしかないと言い切れる事物”は見当たらない。ある側面からGoodであるものも、実はBadであるという別の側面がある。
AIの最大のメリットは効率性の向上だろう。実際に使えば明らかだ。大量のデータ処理や分析などの分野にAIが導入されることにより、その速度と精度が飛躍的に向上する。それは写筆がコピーを飛び越してPDF一括配信されるほどの飛躍度であると感じる。
また、AIは大量のデータを迅速に処理し、パターンを識別する能力に優れている。「この業界に属する顧客群が一般的に求めている課題は何か?」という問いへの答え探しに、人間が対象顧客一軒一軒にドアノックして、初期情報収集と情報整理をする必要が無くなる。しかも蓄積されるデータは膨大であり、そのデータ処理アルゴリズムを変えるだけで求める“答えらしきもの”に近づくスピードは格段に向上する。そのようなプロセスを経て成果をすでに享受している企業は少なくないだろう。
何よりAIは疲れ知らずだ。連続プロンプト入力を午前3時にやっても、AIの能力は劣らない。人間側が音を上げるまで、とことん付き合ってくれる。これは実にありがたい。
データ処理やパターン認識においてAIを活用することで我々人間側は労務時間を大幅に短縮でき、空き時間をより人間的な仕事に振り向けることができる。人間的な仕事とは、直観によるひらめきや、ぼんやりとしたアイディアを組織間で議論・共有することによる方向性決定と関連人材の巻き込み、セカンド、サード・オピニオンの検証、同一メッセージが多階層を経てもなお共有できるような人的コミュニケーション、顧客との何気ない会話から案件創出に至る相互対話、等々である。
光あれば影あり。これらのメリットと並行して、AIの導入は様々なデメリットを引き起こす可能性を持ち合わせている。
PC入力など手作業の自動化は、ワーカー雇用の削減に繋がる。業界や機能によるタイムラグはあるだろうが、この変化は必然としか言いようがない。技術進歩に伴う必要スキルの転換は、有史以来続いていることだ。その転換期に大きな社会問題が発生するのもまた史実のとおりである。
AIへの依存度の高まりがもたらす負の効果のなかでも、もっとも難解なのが倫理に関わることだろう。例えばAIの信頼性問題がある。これは「テクニカルエラーはゼロにできない」という高度品質管理のイシューである。正しいはずのAIが誤作動したとき、そしてそれが重大な事故を引き起こしたとき、誰が責任を追うのか。
データ・プライバシー問題然りだ。AIによる医療診断を行うために提供する個人データはDNAを含む生物学的包括性に富んでいる。要するに、あなたはあなたの知らないことまで含めて全てデータ化されることになる。そのデータ分析の結果、「生まれてくるお子さんが◯◯という先天的病症を患う可能性は41%」と言われたら、その可能性的示唆にどう反応するべきか、というエシカルな難問を突きつけられることになる。
自動車保険に加入する際、補償金額と月額保険料を算定するのがAIだとして、そのAIをフル活用したい保険会社は、途方もない個人データの提供を求めてくるかもしれない。AI活用には合理的な措置だが、「では今後、このペンダントを24時間、365日身につけて下さい。あなたのリスク回避性を判断するのに不可欠ですので」と言われたら、あなたはそのペンダントをつける決断をするだろうか。
今ここで私が言えることはここまでである。メリットとデメリットの総合的な考慮と判断による適正な用い方は?と問われても答えが出せない。申し上げられることは、メリットとデメリットがあるということ、ただそれだけだ。
AIを活用した予防管理の革新
前項では、AIに関する期待と懸念という高い視点からの意見を述べた。この項では、もっと身近に、つまり「そのリスクにどう対応するつもりだ!?」という難しい議論はとりあえず横において、「AIは便利」という単純発想から論を進めていく。事実、AIはとても便利であると私は常日頃、感じている。
AIの進化は、マネジメントのあり方を根本から変えつつある。私が考えるところ、特に予防管理の分野においてAIはその潜在能力を発揮し始めている。予防管理は、問題が顕在化する前に対策を打つことを目的とし、これにより潜在的なリスクを事前に回避することが可能になる。AIの導入により、人間の能力を超えた分析が可能となり、さまざまな業界での予防管理が現実のものとなっている。
マーケティングや営業の分野を見てみよう。AI活用による顧客データの深い分析を通じて、顧客の離脱傾向を早期に察知することが可能である。顧客の購買履歴やオンライン上の対話の内容、サービス利用の頻度などを分析することで、顧客が競合他社に鞍替えする可能性の高まりを特定できる。これにより企業側は、特定の顧客に対するカスタマイズされたコミュニケーションや特別なオファーを提供することで、顧客の維持に努めることができる。
製造業界において、AIは設備メンテナンスと安全管理に革命的な変化をもたらしている。センサーからのデータを活用して設備の異常をリアルタイムで検出し学習するAIシステムは、やがて未然に故障や事故を防ぐための警告を発することができるようになる。このようなシステムにより、予期しない停止時間が削減され、製造ラインの安全性と効率性の維持・向上が期待できる。
人事的側面から見ても、AIは組織内の潜在的な”人的問題”を事前に識別するツールとして機能する。たとえば、従業員のパフォーマンスデータを分析することで、燃え尽き症候群の兆候を早期に見つけ出すことが可能だ。この予期をもとにヒューマン・リソース・マネジメントに当たる部門では、休息の奨励、業務分担の見直し、あるいはリソースの再配分に関するリアルタイム提案ができるだろう。それが従業員のウェルネスと組織の安定的な生産性保持に寄与することは想像に難くない。
このように、AIを活用した予防管理は、問題が顕在化する前に適切な対策を講じることを可能にする。その結果、企業はリスクを最小限に抑えつつ、効率的で安全な運営を継続することができるようになる。AIの提案をどう受け入れるかは当事者次第ではあるが、その提案は、実際、とても便利なはずだ。
AI技術の現状と導入事例
私が言うまでもなく、AI技術はすでに広く導入されている。この項では、いくつかの業界でのAI導入事例と、その成功や失敗を紹介する。私の情報収集能力の限界があり、事例の全てを網羅しているとはとても言きれないが、読者各位が何らかの教訓を得て頂けることを期待して書き進めていく。
金融業界では、AIがフロード(詐欺)検出とリスク管理を強化するために利用されている。具体的には、顧客の取引パターンをAIアルゴリズムで分析し、異常なパターンを検出することで早期に警告を発するシステムが導入されている。この技術により、フロードの検出精度が向上し、企業の損失を大幅に削減できる。
一方で、誤検出を排除するAIモデルには高度な専門知識と継続的な投資が必要となる。導入後のアップデートを怠れば、誤検出によるアラート誤作動や、それが引き金となる顧客満足度の低下も懸念される。また自動投資アドバイザーが市場の急激な変動に対応できずに予期せぬ損失を発生させた事例も存在する。このようにAIの導入は奏功すれば大きな成果を生み出すが、その機能面での働きを詳細に理解せずに必要なアップデートを怠ると、被害は甚大になり得る。
製造業界では、AIを活用した生産ラインの自動化が進み、センサーデータと機械学習を組み合わせて設備の故障予測や保守タイミングの特定が行われている。このような取り組みにより生産効率向上やコスト削減が期待できる。
一方で、AIによる生産管理システムが生産条件の変更に対応できず大量の不良品を生産してしまった例も報告されている。これは、AIが高速で精密な品質管理を可能にする能力を持ちながらも多面的な環境変化への適応性が低い特質があることに依るのだろう。またAIをツールとして活用できる従業員の再教育は相当にヘビーで、使いこなせない道具は無用の長物になりかねない。
ヘルスケア分野においては、AIが画像診断に活用され、特にがん診断で高い精度で異常を検出することが可能である。この技術は診断の精度を向上させ、医師の負担を軽減する。
課題は高額な導入コストとAIの判断基準の不透明さだろう。AIを用いた患者管理システムが個々の患者の特異性を十全に理解できず不適切な治療計画を推奨した事例もある。また、AIが大量のデータ処理能力による一般解としての効率的な治療計画は提案できるものの、個別の患者の症状や病歴を網羅的に理解することの難しさから、AIへの過度の依存は治療ミスを引き起こす可能性も指摘されている。
以上お伝えしてきた事例は、先端技術の黎明期にはよくあるものだと思う。過度の依存と、過度の拒絶。どちらも起こり得ることであり、どちらも技術革新の効果を減じる。いささか陳腐な表現だが「バランスが大事」なのだろう。
AIが推進する意思決定プロセス
本項ではAI活用による意思決定について、業界別事例を引用しながら述べていく。
まずは小売業界における消費者行動の分析を取り上げる。ここでの意思決定とは顧客による購買に関するものだ。大手小売業者はAIを用いて顧客の購買データやオンライン行動を分析し、個々の消費者の嗜好に合わせたパーソナライズされたマーケティング戦略を展開しているようだ。顧客一人ひとりに最適化された商品推薦が可能になれば、売上増加に直結する。このようなデータ駆動型のアプローチにより、企業は広告の投資対効果を大幅に改善し、顧客エンゲージメントを高めようとしている。
金融業界では、AIがクレジットリスクの評価を革新している。ここでの意思決定とは金融商品の売買に関わる売り手と買い手、特に売り手の意思決定に関わる。銀行や金融機関はAIモデルを利用して、顧客のクレジット履歴、取引履歴、さらには社会的行動パターンを分析し、その人がローンを返済する能力を予測する。これにより、従来の方法では見落とされがちだったリスク要因を洗い出し、より正確な貸し出し決定が可能となる。この技術の導入によって、デフォルトのリスクが減少し、金融機関の安定性が向上している。これは同時にデットを負う側、つまり金融商品の買い手側の過剰負担を防いでいるとも言える。
製造業では、前述のとおりAIを活用して製品の品質管理が行われている。ここでの意思決定とは在庫量や新規部材購入、フォーキャストの信憑性評価や生産計画のアップデートに関わる。AIシステムは製造ラインからのデータをリアルタイムで分析し、不具合が発生する可能性がある工程を予測する。これにより、製造過程での欠陥が事前に検出され、QCDの良化が期待できる。
ビジネス以外の意思決定支援においても、AIは重要な役割を果たしている。たとえば、災害対策分野で、AIは気象データや歴史的な災害データを分析して、洪水や地震のリスクを予測する。これにより、自治体は被害の最小化を望む適切な対策を事前に計画することができる。
これらの事例から明らかなように、AIの進化は様々な業界で意思決定をより迅速かつ精確にし、経済的、社会的利益をもたらしている。
組織文化への影響
AIと組織文化。一見、相容れない概念に見えるが、実際には企業の組織文化にも大きな変化がもたらされている。
現在、多くの企業では意思決定プロセスが一部の上層部に限られがちであり、情報共有も限定的である。しかし、AIの導入によりデータ駆動型の意思決定が可能となり、その結果と理由が全社員に透明に共有されるようになる。これにより、従業員は企業の決定に対してより大きな信頼と理解を持つことができるようになる。
例えば、AIを用いて市場動向や顧客行動の分析を行い、それを基にした製品開発やマーケティング戦略を社内外に公開することで、全員が一致団結して目標に向かって努力することが可能になる。
AIの導入は、チーム間の連携を強化し、さまざまな部門が一体となって動くきっかけを提供する。例えば、AIによるプロジェクト管理ツールが各部門の進捗状況をリアルタイムで共有することで、プロジェクト全体の進行に対する透明性が増し、適時に調整が可能となる。これにより、異なるスキルセットを持つチームメンバー間での協調が促進され、より効果的な成果を出すことが可能になる。
AI導入に伴う技術的な変更は、従業員にとって大きな挑戦となる。スキルアップを進めるためには、定期的な研修やワークショップを通じて、AIの基本概念や操作方法、活用事例を学ぶ機会を提供することが重要である。例えば、オンライン学習プラットフォームを導入し、自己学習を奨励することや、AI専門家を招いてセミナーを開催することが考えられる。これにより、従業員は新しい技術に対する理解を深め、その利点を業務に活かすことができるようになる。
一方で、新しい技術への抵抗感を管理するためには、従業員が抱える不安や懸念を真摯に受け止め、適切なサポートを提供することが不可欠である。例えば、AIの導入が仕事を奪うのではなく、より価値の高い業務に集中するためのツールであるという点を強調し、職業訓練を提供することでキャリアの転換を支援する。また、定期的なフィードバックセッションを設け、従業員の声を聞き、必要に応じて調整を行うことで、組織全体の受け入れを促進する。
AIの導入は組織文化に多大な影響を及ぼす可能性があり、これらの変化を管理することで、技術的な利点だけでなく、人間中心の働き方の改善にも寄与することができる。AI技術が組織内で果たす役割を理解することは、これらの変化を適切に管理し、最大限に活用するために不可欠である。
倫理的・戦略的考察
本稿前半でAI導入における最重要課題として、その倫理的な問題に触れた。これはガバナンス課題とも言える。データのプライバシー保護、アルゴリズムの公平性、そして透明性の確保は、信頼性の高いAIシステム構築の基盤となる。これらの要素をどのように実現し、維持していくかは、技術的な挑戦だけでなく、倫理的な配慮も求められる。
データのプライバシー保護はAI導入の基本であり、顧客や従業員の個人情報が適切に管理されることが重要である。これを実現するためには、データ取り扱いに関する明確なポリシーを策定し、従業員教育を徹底する必要がある。また、データの暗号化、アクセス制御、そして定期的なセキュリティ監査を実施することで、データ漏洩のリスクを最小限に抑える工夫が必要になるだろう。
例えば、顧客データを扱う際には、その利用目的を明確にし、必要な場合のみに限定してアクセスを許可するといった措置が考えられる。
アルゴリズムの公平性を保つためには、設計段階から偏見のないデータセットを使用し、定期的にアルゴリズムの評価を行うことが重要である。AIモデルが特定の集団に対して不利な判断を下さないよう、多様な背景を持つチームによる開発が推奨される。さらに、機械学習モデルの決定プロセスを透明にすることで、その結果がどのように導かれたかを理解しやすくなり、必要に応じて調整が可能となる。
AIの透明性を確保するためには、その機能、能力、限界を明確に公開することが求められる。これには、使用するAIモデルのアーキテクチャや、トレーニングに使用したデータの種類、AI決定に影響を与える可能性のある要因を開示することが含まれる。企業がAIをどのように使用しているかを公開することで、利害関係者からの信頼を得ることができ、AI導入の正当性を高めることが可能である。
これらの倫理的・戦略的取り組みを通じて、企業はAIの持つリスクを管理し、その利益を最大化することができる。倫理的なガイドラインの確立と実施は、技術進化のみならず、社会的責任の遂行にも直結するため、組織全体での意識向上と積極的な取り組みが求められる。
おわりに
私はAI初学者である。知れば知るほど、知らないことの多さに打ちひしがれながらも、もっと学ばなければとモーティべートされ、私なりにこの学の道を歩んでいる。そして今、ここにいる自分が語れることを、一旦、語り尽くした。この学の道を先んじて歩んでいる方々からすれば、ご批判もあるだろう。図々しいお願いになるが、ぜひそれをご教示いただき、私の歩みをご支援いただければ、とてもありがたい。