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マネジメント・レポート MANAGEMENT REPORT

バックキャスティングによる未来志向の経営

アバージェンスマネジメント研究所
ディレクター 伊藤俊介

現代の経営環境とバックキャスティングの台頭

現代の経営環境の概要と主な課題

現代の経営環境は、VUCA(Volatility, Uncertainty, Complexity, Ambiguity)という言葉で表される通り、ますます予測困難な時代に突入しており、企業経営者やリーダーが航海する経営の海は、かつてないほど荒波に満ちている。

概況がこうである一方で、企業経営の内面という観点で見ると、短期的利益だけを達成すれば評価された利益至上主義の時代から、パーパス経営・人的資本経営・サステナビリティ経営といった持続性、社会的責任、環境への配慮という新たな価値観に基づいた経営が求められ、従業員や顧客、取引先、地域社会、地球環境、将来世代など様々な側面にバランスよく目配りした四方よし(売り手よし、買い手よし、世間よし、未来よし)の経営に舵を切る企業が評価される時代になってきている。SDGs、つまりバランスのよい配慮を土台とする中長期的な持続性の開発は、まさに経営の新しい指針となり、企業の使命と戦略の再定義を促しているのではないだろうか。

遠くを見据える意味

企業の提供価値増強には、このような経営環境を踏まえた戦略立案と実行が不可欠といえるが、この難題は中長期という時間軸設定があってこそ実現可能であると言いたい。

日々の事業活動はVUCAの只中にあるからこそ、企業として強くなるにはその場の揺れ動きに動じない軸が必要なはずである。それは前述のような新たな経営の価値観と、それを達成するに足る中長期的な時間軸である。VUCAだからこそ中長期的な時間軸を置くことが必要になる。新たな経営指針を打ち出す企業の言質に中長期という言葉を目にする機会が増えているのはこのためだろう。

バックキャスティングの台頭

中長期的な経営が注目される中で、バックキャスティングという手法が改めて注目を集めている。バックキャスティングの出自を紐解くと、「エネルギー政策や環境政策などの領域においてシナリオ分析の手法として1970年代から発展してきたアプローチになり、特に、2015年にSDGsが採択され、その目標達成に向けたシナリオを考えるアプローチとして推奨されたことを機に広く認知されるようになった[i]」とあり、決して新しい手法ではない。

ただ、SDGsがこの考え方を採用したことにより、企業経営において持続可能な経営を考える手法としても、また、大きな変革が求められる課題に対する手法としても、バックキャスティングを取り入れる企業が近年増えてきている。実際に私が担当するクライアントにおいても、ここ数年(特にコロナ禍以降)、バックキャスティングを用いた「ビジョンや中期経営計画策定」や「新規事業開発」など、さまざまな経営テーマに活用したいというご相談を数多く受けている。

バックキャスティングとは何か

バックキャスティングの基本概念

バックキャスティングとは、最初に目指すべきゴールや望ましい未来像を描き、常にゴールから逆算して、現在成すべきことにフォーカスすることで、雑音を遠ざけ、大切なことに集中する手法である。行きたいところが明確なら、そこから今自分がいる地点まで一直線を引き、それを辿っていくのが合理的だ、というごく自然な考え方がこの手法の根底にある。

弊社が携わるプロジェクトにおいては「ゴール思考」という言葉を頻繁に使うが、その考え方もバックキャスティングと同様だ。成すべきゴールや目的(WHY)を描いた上で、何をするのかの戦略や施策(WHAT)、どうするのかの戦術や方法(HOW)に落とし込む。

弊社が直接携わる期間は長くとも数年だが、扱うことは持続可能な経営や大きな変革が求められる課題へのアプローチであり、我々が携わる期間の長さに関係なく、我々自身がクライアント企業の中長期的な発展を常に意識していることは、この場で強調しておきたい。

フォアキャスティングとの違い

バックキャスティングと対置される概念として、フォアキャスティングがある。フォアキャスティングは、過去から現在に至る道筋の延長線で捉える思考法である。弊社では、これを「積み上げ思考」という言葉で表現し、「ゴール思考」の対局に置いている。

フォアキャスティングは、未来予測がある程度つき、現在の取り組みの延長線上で確実に実行できる活動には有効だが、人と組織と社会において大きな変革が求められる活動とは相性が良くない。

バックキャスティングの代表的な定義は、「将来の予測よりも目的の達成に焦点を当て、私たちが実現したい未来を先に描き、その実現のために必要な取り組みや選択肢のアイデアを数多く生み出すことを狙いとする」ものであり、また「このような思考のアプローチは、より斬新なアイデアの着想を促すとともに、今後起こる不連続な変化を予測するのではなく、むしろ自ら興していくことを意図している」となる[ii]。予測困難な時代だからこそ、自分たちで主体的に未来を創っていくという思考がバックキャスティングとフォアキャスティングの大きな違いになっている。誤解のないように申し上げるが、バックキャスティングとフォアキャスティングの違いは単純な良しか悪しかではなく、統合的なコンテクストに対して適か不適かである。

バックキャスティングの具体的な適用方法と効果

「ビジョン・中期経営計画策定」や「新規事業開発」への適用方法と効果

では、我々がバックキャスティングをどのように企業経営に適用しているのかを4つのステップで紹介する。

1.     未来情報をインプットし、材料とする社会変化・テクノロジーの進展仮説を抽出する

先30年程の社会変化・テクノロジーの進展仮説の未来情報となる材料を収集する。社会変化の抽出は、たとえば、人口、財政、社会インフラ、移動・買物、自然災害、医療・介護、食、経済・産業、生活・働き方といった切り口で予測情報を整理し、重要なものを抽出する。一方のテクノロジーの進展は、AI・通信・ロボティクス・自動運転技術などの基盤技術を洗い出し、その上で、事業への影響度が高そうなものを抽出する。

2.     掛け合わせによって理想の未来像を描写する

社会変化の仮説にテクノロジーの進展仮説を掛け合わせることで未来像のアイデア出しを行う。なぜ、掛け合わせるかというと、「アイデアとは既存の要素の新しい組み合わせ以外の何ものでもない(ジェームズWヤング)[iii]」と言われるように、掛け合わせはアイデアの発散がし易いこと、また、社会変化とともに現れる課題やニーズはテクノロジーによって解決されていくことからも、このやり方を弊社では取り入れている。

3.     未来像から自社にとっての事業機会を抽出し、注力領域を絞り込む

描いた未来像から自社にとっての事業機会を抽出する。ここでは可能な限り、領域別且つ機能別(ハード/ソフト/サービス/プラットフォームなど)に抽出していくことが大事になる。事業機会を抽出した後は、いくつかの軸で事業機会をマッピングし、注力領域を絞り込む。絞り込む際の軸は、テーマによっても異なるが、たとえば、社是や理念・ビジョンとの整合性や自社保有アセット・強みとの関係性、市場性の大小や自分たちの使命感の高低などで絞ることが多い。

4.     注力領域を踏まえて、目指す姿を具体化したり(ビジョン・中期経営計画策定)、取り組むべき課題を抽出する(新規事業開発)

注力領域を絞り込んだら、ビジョン策定の場合は、事業面・組織面のそれぞれにおける目指したい姿を言語化する。その際は、できる・できないは一旦脇に置いて、メンバーからキーワードを出して貰い、それらを組み合わせて言語化していく。バックキャスティングは、大きな変革が求められる課題に対して有効なアプローチであると前述した通り、この段階でできる、できないを考えてしまうとフォアキャスティングと変わらない着地になってしまうため、注意が必要でもある。一方の新規事業開発の場合は、注力領域を絞り込んだ後に、その領域における課題仮説を洗い出し、仮説検証からサービス設計、ビジネスモデルの構築へと移っていく。

以上、バックキャスティングの具体的な適用方法をご説明した。このステップを踏むことで、近視眼的なフォアキャスティングでは出てこない変革の兆しとなる発見や気づきが生まれ、中長期視点で考えるからこそ、短期的視点では二項対立の概念でも打開策を考案できる。また、メンバーが自分たちの前提や常識といったリミッターを外して考えることでチャレンジする文化・風土が醸成されるなどの効果も期待できる。

バックキャスティングによる未来志向の経営

長期的な経営への示唆

世界における創業100年以上の企業は約80,000社あるとされ、そのうち日本企業は約33,000社と約40%を占める。創業200年以上の日本企業だと更に割合は増えて約65%(約1,300社)を占め、日本は世界でも断トツの長寿企業大国である[iv]

その理由は様々にあると思うが、私はいわゆるオーナー系企業の多寡にその一因があると考える。そういった企業は短期的な利益を追って経営を行うというよりは、長期の視点を持って、10年・20年先の目線でビジョンを描き、それに基づいて、戦略を描き実行に移している企業が多い。

かの名著“ビジョナリー・カンパニーZERO[v]”には、「永続する偉大な企業を築くということは、100年にわたって偉大であり続けることを意味する」とあり、「時代を超えて存続する偉大な企業をつくりたいなら、ビジョンが必要だ」とも提言している。そして、そのビジョンも数年先のトレンドを基にしたものではなく、「時代を超える、変化することのないコアバリューと理念」、「100年間にわたって会社の指針となるパーパス」、「時間軸を10-25年とするミッション」が必要だと言及している。

現代の経営環境はVUCAという予測困難な時代だからこそ、中長期的視点に立って自ら未来を描き、社会と組織の未来を切り拓いていく経営やリーダーが求められているのではないか。また、大きな変革が求められる課題が多いからこそ、多様な社員一人一人が創造性を発揮しやすい環境を形成していくような経営やリーダーが求められているのではないか。現代の経営環境に求められている経営やリーダーとは何か。私の論考が、それを考えるきっかけになれば幸いである。


[i] バックキャスティングとは:パーパス・戦略策定における活用方法/公益財団法人日本生産性本部

[ii] K.H. Dreborg, (1996). Essence of backcasting, Futures 28: 813–828.

[iii] アイデアのつくり方/ジェームス W.ヤング

[iv] 世界の長寿企業ランキング、創業100年、200年の企業数で日本が1位/周年事業ラボ

[v] ビジョナリー・カンパニーZERO(2021)、ジム・コリンズ、ビル・ラジアー、日経BP社