アバージェンスマネジメント研究所
ディレクター 伊藤俊介
MVVとは
MVVとは、Mission(ミッション)、Vision(ビジョン)、Value(バリュー)の頭文字を取ったものであり、経営学者のピーター・F・ドラッカーが、経営の中核に置くべき概念として提唱したことが由来と言われている。
Mission(ミッション)は、企業が社会で実現したいことを言語化したものであり、企業が果たすべき「使命」や、社会での「存在意義」を表している。社会にとってどのような存在なのか、どのような価値を提供するのかを明確にしたものでもあり、その企業が社会に必要不可欠な存在であることを示すものである。企業と社会の関係を示すものともいえる。企業が必要に応じて行うすべての決定において、ミッションは方向性を示す羅針盤の役割を担い、企業の目標や成長する方向を定めるための重要な指針となる。
Vision(ビジョン)は、企業がミッションを果たした結果、「どんな未来を実現したいのか」や、「どんな姿になることが理想なのか」を表している。ミッションを掲げるだけでは取り組むべき方向性をイメージしづらく、企業の方向性を明確にする必要がある。その役割を担うのがビジョンである。組織の将来像や理想像の実現への道筋を明確にするために設定されることから、具体的な状態や中長期的な数値目標を設定するケースが多い。
Value(バリュー)は、ミッションとビジョンを実現するために、社員全員が重視すべき大切な価値観や行動指針を言語化したものである。ビジョンを達成し、ミッションを実現するためには“我々はこうあらなければならない”、という具体的な提供価値や価値提供のための行動を表している。バリューは、社員が行動や判断する際の基準となる価値観としての意味合いもあるため、社員が行動を起こす際の指針となる。
以上のように、Missionは企業が果たすべき使命や社会での存在意義である“Why”を表し、Visionは“何を、いつまでに、どの程度実現したいのか”である“What/When/Where”を表し、Valueはそのための行動指針である“How”を表す。MVVを考える順序は、まずはMissionを定め、次にVisionで方向性を明確にし、最後にValueで行動基準を具体化する、といった流れが一般的である。
MVVが注目されている背景
MVVが注目されている背景にはさまざまな理由があるが、筆者のこれまでの経験では、以下4つが主な理由であった。
社外からの要請によるもの
1.社会的責任の遂行
近年、企業は経済的な利益を上げるだけでは評価されず、社会的貢献が重要視される傾向がますます高まっている。環境や社会に配慮した事業を行う企業に投資する「ESG投資」や、自社の人材育成や働きやすい職場づくり、多様性の確保など「人的資本の情報開示」が企業の評価基準となっている。そのため、企業はMVVを通して、どのように社会に貢献するのかを具体的に示し、ステークホルダーに対して透明性と信頼性を提供する必要性が高まっている。MVVを設定することにより、社会全体からの信頼と支持を獲得することを可能にする。
2.リクルーティング力の向上
労働市場において、近年の求職者は企業のMVVに注目し、自身の価値観と一致する企業を選ぶ傾向が強まっている。企業の立場からすれば、明確なMVVを持つ企業は、自社の目指す方向性や価値観を求職者に伝えることで、優秀な人材を引き寄せる力が高まっているとも言える。求職者は企業の社会的責任や持続可能な取り組みに共感し、長期的なキャリア形成を見据えた選択を行う傾向が高まっているため、MVVはリクルーティング力の強化に大きく寄与するようになっている。
社内からの要請によるもの
1.企業文化の統一や事業判断・意思決定の基準
企業内で一貫した文化や価値観を持つことは、組織全体の団結力や規律(Discipline)を高め、効率的な運営を可能にする。MVVは、企業が目指すべき方向性と価値基準を明確にするため、従業員が共通の目的を共有しやすくなる。これにより、意思決定の際に迷いや混乱が少なくなり、一貫性のある判断が可能になる。また、企業文化の統一は、内部コミュニケーションの円滑化やチームワークの向上にも寄与し、組織全体のパフォーマンスを高める効果をもたらす。
2.社員のエンゲージメント向上・離職率低下
従業員が企業のMVVに共感し、自身の役割や貢献の意義を感じることで、エンゲージメントの向上に繋がっていく。明確なMVVは、従業員が組織の目標に対して情熱を持ち、自己実現を図るための指針となり、これにより、従業員のモチベーションが高まり、仕事への満足度が向上する。結果として離職率が低下し、優秀な人材の定着が促進される。高いエンゲージメントによって、生産性の向上や企業の持続的成長にも繋がっていく。
MVVの策定方法
では、MVVをどのようなプロセスで策定していくのがよいのだろうか。
Missionは、企業の存在意義や社会に対する貢献を示すものであるため、策定にあたっては、創業からの企業の歴史や事業に対する思い入れを観照し、企業風土や価値観を深く掘り下げ、ステークホルダーの期待に応える形で表現していく。そのため、視点は過去から現在に当てられるケースが多い。最終的には、ミッションに込めたい価値観を書き出して、端的な言葉で纏めていく形を取る。
Visionは、企業が中長期的に目指す目標や理想の姿を描くものであるため、策定にあたっては、市場動向や競争環境などの外的環境を分析しつつ、ミッションや自社の強みなどの内的環境も踏まえて、具体的かつ達成可能な未来像をバックキャストで設定していく。そのため、視点は未来に当てられるケースが多い。最終的には、出てきたキーワードを組み合わせて、ビジョンを表現できそうな言葉として組み合わせて、わかりやすい言葉で纏めていく形を取る。
Valueは、企業が日々の活動や意思決定で重視する基本的な信条や行動指針を定めるものであるため、策定にあたっては、全社員の意見を反映し、組織全体で共有できる価値観を選定していく。このプロセスでは、トップダウンとボトムアップのアプローチを組み合わせ、全社的な合意形成を図ることが成功の鍵になる。そのため、社内で徹底した議論を行った上で、バリューに合致した行動や価値観を書き出して、理解し易い言葉で纏めていく形を取る。
MVVの浸透方法
MVVは作っただけでは意味がなく、組織に浸透させてこそ効果を発揮する。しかしながら、MVVを浸透させるのは決して一筋縄でいくものではない。まずはトップが語る、次に現場のリーダーが語る、と紡ぐようにして組織全体に浸透させる仕掛けを打つ必要がある。
MVVの浸透は、社長や役員など組織のトップから進めていくのが第一条件となる。当然ながら組織のトップがMVVにもとづき活動することで、従業員に行動規範を示すことになる。社内セミナーや全社会議の開催など、MVVへの理解を深める場を用意することも効果的だが、そういった場を活用して、リーダーが語り続け、行動し続けることが肝要である。会社の方向性を何度も、何度もリーダーが語る、社員が見える形で書く、図にする、そしてまた語る。そして語ったとおりに行動する。MVVが明示された言語として、またリーダーの常態行動として、常に社員の目に入るようにし、常に話題にすることが、トップの役割となる。
MVVを組織全体に浸透させていく第二条件は、人の「認知」、「理解」、「納得」、「動機」、「行動」、「定着」のそれぞれに応じて、仕掛けを打つことである。
たとえば、MVVの「認知」「理解」を図るためには、入社研修でMVVのセッションを設けたり、全社員にMVV浸透カードを配布したりといった仕掛けが考えられる。また、次の「納得」「動機」を図るためには、理念浸透カードを使った1on1を定期的に部下と設定したり、次年度の目標設定にバリューに紐づいた行動を加えたりといった仕掛けが考えられる。最後の「行動」「定着」を図るためには、全社会議でMVVに即した行動を振返る時間を設けたり、MVVに最も即した行動を取った社員を表彰したりといった仕掛けが考えられる。
MVVの浸透事例
KIRIN:ビジョン浸透の仕掛け
KIRINは、V10推進プロジェクト[i]を通して、ビジョン浸透に向けて、「トップとの対話」「数多くのフォーラム」「媒体」など、さまざまな仕掛けを打つ。
ザ・リッツ・カールトン:企業の価値観や行動規範を示したクレド
ザ・リッツ・カールトンは、「クレド(信条・志・約束)」を設定し、企業活動の拠り所となる価値観や行動規範を簡潔に表現している。
最終的には人事評価システムに組み込むことで、従業員がMVVを意識しやすくなるため、そこまでを含めた仕掛けの検討も視野に入れられると尚良いだろう。
まとめ
MVVが今、注目されている背景は何だろうか。一般論としては前述した通りだが、筆者は「世の中の変化のスピードが、人類史上最も速くなっているから」と個人的に思っている。変化のスピードが速い世界では、変化を待つことや、変化の先行きを読むことは、あまり意味をなさない。理由は単純で、変化のスピードが速すぎるから、待っていても、先読みしてもどんどんと変わっていってしまうからだ。それよりも自らが変化を起こす、変化を創り出す側に回ることの方が重要になる。そのためには、世の中の変化には敏感になりつつも、それに流されない、自らの軸となる「Mission(存在意義)」「Vision(ありたい姿)」「Value(行動指針)」が必要になる。
ガンジーは、「あなたが見たいと思う世界の変化に、あなた自身がなりなさい」と語った。
リンカーンは、「未来を予測する最良の方法は、未来を創ることだ」と語った。
MVVが今、注目されている背景には、この激動の時代において組織のトップに求められていることが、「自らが変化を起こす、変化を創り出す側に回ること」にあるからではないか。さらに付け加えるならば、それは組織のトップに求められているだけではなく、社員一人一人にも求められているのではないか。そこまでを意識した経営をトップが行うことが、この激動の時代における社会と組織と人を少しでもマシにしていくことに繋がって行くのではないか。筆者はそのように考える。
本コラムが、MVV経営を考える上での一助となれば幸いである。
参考資料
- 経営理念とは?ミッション・ビジョン・バリュー(MVV)の意味の違い/ビジネスの教科書
- ミッション・ビジョン・バリューとは?違いや他社事例・作り方を解説/ビジョン税理士法人
- MVVとは?作り方、企業事例6社、3つの浸透方法を解説/TUNAG
- ミッションとは?MVVの意義・役割やミッションの作成方法/株式会社イマジナ
- MVV(ミッション・ビジョン・バリュー)とは?意味や各要素の違いを解説!/マネーフォワードクラウド
- 理念浸透プロセスと難所 ウェイマネジメント/湊岳
- 金井壽宏の「人勢塾」に学ぶ。試す!人と組織の元気づくり 第9回「コーチを多く育成することを通じての組織変革」/JMAM日本能率協会マネジメントセンター
- リッツ・カールトン20の秘密/井上富紀子