株式会社アバージェンス
コンサルタント
小鍜治聡
営業って何?
営業活動は企業が商品やサービスを販売し、顧客との関係を構築・維持するために行う一連の活動のことを指し、企業の収益を支える重要な業務です。読者の皆様がお勤めの企業にも営業機能があるはずですし、今まさに営業をなさっている方もいるでしょう。
総務省統計局[i]の統計では販売従事者は10%強となっていますが、自社の製品・サービスを顧客に売る役割を担っている方々は、もっと多いはずです。営業の定義は難しいですが、私達がスーパーマーケットで買い物をするとき、レジで会計してくれる人もいれば、各売り場でオススメを紹介してくれる人もいますし、チラシやアプリでお買い得商品を紹介してくれる人もいます。営業を直訳すればセールスとなり、経営学的な分野分けに従えば限定的な機能のように思えますが、“売り物を売る”という行為は、マーケティングやエンジニアリングも含まれる広い範疇だと思います。
どんな事業でも、“売り物を売る”という行為は必須です。どこまでがセールスで、どこからはマーケティング…という学術的な禅問答はせずに、“売り物を売る”のが営業、という前提で書き進めていくことをご理解下さい。

営業の1対1的特徴
私は営業とは基本的に人間同士の1対1で行われるものだと思っています。商店街で肉屋さんが「今日は良い豚肉が入ったよ!」と言い、「じゃあ200gもらうわ」という営業。「御社の新機種の機能性を高め消費電力を抑えたモジュールがあります」と言い、「では互いの技術者同士で検証しましょう」という営業。豚肉を買う方は家族の食卓を彩る料理のため、モジュールを検討する方は商品競争力強化のため、など目的は異なりますが、どちらも接点は1対1です。
私は、売る側がその1対1をコントロールすることを営業力というのではないか、と思います。
営業力の組織知化
営業力をそう定義したとして、私が述べたいのは個々人の営業力ではなくその総体、つまり組織の営業力です。別の言い方をすると、「優れた営業力は会社の形式知になっているだろうか?」という点です。上手な営業手法が経験や感覚、直感に基づく暗黙的で個人的なものではなく、形式(文章や図表)で表現できているか、という点です。
優れた営業力を組織知化できている組織は少ないのではないかと思います。なぜなら、営業活動とは、営業担当者が自らの置かれた状況や顧客に応じて対応を変えながら、長い年月をかけて自分なりの手法として成熟させていく場合が多いからです。そのような状況依存的なものを、組織全てに当てはまるものにまとめ上げるのは容易ではありません。
だからといって、営業力を属人的なままにしておくのは経営効率の観点からも、顧客満足レベルの向上という観点からも、望ましくありません。
スーパーマンが仕切る営業組織
私が担当したクライアントは、この点に大きな課題を感じていました。事業を伸長させてきた営業ノウハウはその道20年の大ベテラン営業マンでもある事業部長の頭の中にありました。「この事業部長の頭の中(暗黙知)を形式知にしたい」これがクライアントの要望でした。
クライアント企業の業績は堅調に伸びていましたし、人員拡張にも余念がありませんでした。多くの新規社員が新勢力として加わっていましたし、“全てを知っている事業部長“がOff JTもOJTも行っていました。
穴があるバケツ
ただ、1人の人間ができることには限界があります。営業活動には、重要なステップがいくつかあります。そこには状況に応じた対応の方法が何層にも、何パターンにもわかれて存在します。それらを1人の事業部長が教えたり、自らが直接担当するのは無理です。頼れる部下もいたのですが、組織の拡張を支えるには十分とはいえませんでした。みな良かれと思ってやっていることが正しいやり方とは限らない。やり方が間違っているために意に反してこぼれてしまう営業チャンスを減らさなければならない。20年分の暗黙知を形式知化することがいよいよ待ったなしの状況でした。

組織知化への切なる要望
「自分が持っている立体的な成功体験とそれに基づく知見を形式知化し、それを組織知になるように落としこまなければならない」。事業部長の切なる願いであり、緊急施策となりました。
そこで、10週間という短期間で営業の型を創り上げ、形式知化するという目的の下、プロジェクトはスタートしました。まずは現状確認を行いました。営業プロセスには然るべきステップがあるのですが、実践面では個々人によってステップの進め方が異なっていることがわかりました。また、数々の経験から確立されたセオリー通りにやれば各ステップの成功率が高まることもわかりました。自己流に限界があることは、スポーツや武芸に喩えてみればわかります。セオリー教育に手が回りきらなければ、他の部分は自己流にならざるを得ません。この自己流、一般的には属人化と呼ばれる部分を正していけば、組織としてさらに伸びていくことが可能であることも分析結果から明らかになりました。
「これを“営業の型化”と呼び、営業組織全体でこの型の明確化と浸透を図ろう!」。プロジェクト初期に衆議し、こう決めました。
型とは何か
そもそも型とはなにか、意味を辞書で引いてみると「1. 同形のものをいくつも作るときの元になるもの」「2. 基準となる形」と出てきました。今回の趣旨に合っているのは後者です。クライアント企業の営業の基準となる形を作ることこそが今回のミッションです。言い換えればその企業の基礎となる営業の形を作り上げることです。
型作りの必要性をことさら述べる必要もないかと思いますが、少し触れておきましょう。営業組織において営業の型がないということは、営業活動で得られる成果が特定の個人に依存し、個々のスキル差により営業成果がばらついてしまうことを意味します。案件件数が増えない、案件が成約しない、このようなばらつきは組織の成長を阻害します。また顧客に提供するサービスの質を低下させ、企業の評判を落とすことにもなるでしょう。営業の型がないこと、それが浸透していないことは是正すべきです。
営業行為の属人化による弊害は実際に耳にします。スキルの偏りは営業機能に限ったことではありませんが、外勤が多い営業職の場合その偏りが見えづらく、その分、厄介です。
型づくりやその浸透を阻むもの
営業手法の形式知化に取り組む企業は多いと思いますが、期待した効果が上がっていないケースが多いようです。なぜでしょう。私が知る限りでは、なぜやるのか?は周知できても、誰がやるのか?何をやるのか?どの様にやるのか?が定められておらず、拡散するだけして収束させられていない場合が多いのです。営業部門として直接、トップラインを伸ばす役割をもった組織に加え、例えば営業推進や営業企画、営業管理などといったスタッフ的な機能部門もあるなかで、関係者が多くなる。しかも肝心の営業のやり方も、売るものや売り方、売り先、あるいは売っている地域によって異なるとなれば、これを統一的に整理するのは難業になります。
営業パーソン同士のライバル関係が強い組織であれば、「なぜ大切なシークレットを共有する必要があるのか?」と思う方も出てくるでしょうし、「自分のやり方が正しい」との主張のぶつかり合いも容易に想像できます。「もう、まとめきれない」と諦めてしまうのも想像に難くありません。
型作りという難業に挑む
「営業の型作りは相当な難業である」とクライアントは認識していましたし、私もそうでした。そこで、このプロジェクトでは、「何のためにやるのか?」という大前提を常に遡上に挙げながら、「誰がやるのか?何をやるのか?どの様にやるのか?」という3つの問いを様々な角度から投げかけ、問いの答えを確定させた上で深く深く検討を重ねていきました。
誰がやるのか?当然、全員です。もちろん、型作りに全員が関わっていては議論が非効率ですのでメンバーは上位職に絞りましたが、その上位職全員が“自分が主役”と自責の態度で関わっていただくように働きかけました。コンサルタントである私も主役であるという意識で臨んだのは言うまでもありません。私には、この事業での営業経験はありませんが、皆さんの意見を丹念に拾い上げ、共通項を見出し、営業機能強化の観点からフォーカスすべきポイントを探し当てることはできます。自分もクライアントの営業組織の一員であるつもりで誠心誠意取り組みました。また「ここは広く意見を聴取すべき」、「ここは中心人物が意思決定すべき」など、衆議を最良なものにすべく全身全霊を傾けて臨みました。
何をやるのか?については、プロジェクト開始前から「絶対にやり切る!」と心に決めていたことがありました。それは、営業プロセスの完璧な図式化です。どんなに複雑に絡み合っていたとしても、論拠ある場合分けができるはずであり、それは必ずやり切ると決めていました。“見える化”は、皆さんもご存知かと思いますが、私は「“見える化”ではなく“観える化”を目指す」と考えていました。言葉遊びのように聞こえるかもしれませんが、見えると観えるは大違いだと考えています。説明し始めると長くなりますが、要するに視界への入り方が受動的か能動的かの差であり、私は能動的に観て欲しいと願って、型作りを行いました。
最後の「どの様にやるか?」は、関係各位との“個々人との対話”と、“全体での衆議”のいずれも手を抜かない、ということに尽きます。
なかでも前述の“スーパー”事業部長との対話は必須でした。超のつく多忙を極める事業部長と議論しなければいけないことが山程あるなか、事業部長のスケジュールの合間を10分だけもらって対話したり、土日なら時間を割きやすいというので休日に時間をいただき、2時間議論の予定が4時間半を超えたり、などなど、とにかく「お伝えすべきこと、お聞きすべきこと」は一点も漏らしませんでした。
「次の衆議では徹底的な意見出しを行いたい」、「意見は95%出た気がするが、残り5%もきちんと合意を得たい」、「ここは事業部長のお考えを以下の5テーマで語って欲しい」、「次の衆議では、様々ご意見を発したいと思うだろうが我慢して欲しい」、「プロセスを丹念に作り上げたので、一つ一つをご一緒に確認したい」…。前述のとおり、型作りは難業です。その難業を仕上げるには、マクロとミクロの行き来、鳥瞰と現場実態の行き来、大筋と微に入り細を穿った手順づくり、に徹底的なこだわりを持って臨むしかありません。
また、型は作ればよいものではありません。当事者が納得して使うこと、積極的に使いこなすこと、徹底的に使い倒すことがあってこそのものです。それができるようにするためには、作る段階から、「ここまでやり切れば、納得して使ってもらえるし、積極的に使いこなしてくれるだろうし、徹底的に使い倒してくれるだろう」というレベルに持っていかなければなりません。

型作りに没頭できた喜び
そのレベルに至るにはどうしたらいいのか…。毎日が葛藤でした。わずか10週間、されど10週間。この間、私は全身全霊を、このクライアントのためになる型作りに没頭したつもりです。
それでもどこかに不完全なところが出てくるでしょう。しかし、ここまで徹底的に知恵と行動を出し尽くしたクライアント・メンバーの方々は、それを改善して下さるでしょう。
些か僭越ではありますが、私はこのクライアントの行く末を見守り、成果創出に貢献したいと思っています。これは仕事を超え私事になっている感があります。今回策定した型が営業の核となり、半永久的に事業が存続し、成長の一途を辿ることを心から願い、筆を置かせていただきます。
[i] https://www.stat.go.jp/info/kenkyu/roudou/r5/pdf/21siryou1.pdf
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