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マネジメント・レポート MANAGEMENT REPORT

手際の良さに関する短考

アバージェンスマネジメント研究所
主席研究員 広川周一

手際の良さ

手際の良い仕事を見るのはとても気持ちが良い。淀みない動き、無駄のない動作、瞬く間に仕上がる作品。わざわざ作品と言ったのは、それが書類一枚であっても作品と言えるほどの仕上がりになっているからだ。それは手際の良い仕事に負うところが多い。

実に、手際の良さとは何なのだろうか。

動作に立ち上がる手際の良さ

手際とは物事を処理する方法や腕前を指すので、その良さとは動作のなかに表れる。手際の良さの正体を探るとき、動作に目が向く。手際良く映る動作に立ち上がるのはそのフローだ。まるで流れる水のようにスムーズで淀みがない。次に目を引くのはストラクチャーだ。早送りで見ているかの如くどんどんと仕上がっていく様は圧巻である。

このフローとストラクチャーの組み合わせがスッキリ感や安定感を醸し出している。しかも再現性が高く、何度やっても同じ具合に進んでいく。巧みで美しく、時には惚れ惚れとするほどである。

手際の良い動作を目にした傍観者は、ここまでの手際を獲得するために要した訓練の厚みを思い知るのである。そして以下のような会話がなされる。「この仕事についてどれくらいになるのですか?」、「私はまだ十数年です。」、「十数年!」、「私の師匠はもう四十年やっています。私なんてまだ素人のようなものですよ」。

目的と手段の合致性に見いだせる手際の良さ

手際の良さを巨視的に捉えたとき、その目的と手段とが無駄のない関係性をつくり出していることもわかってくる。何を創作することが目的なのか、その創作に必要なワークとは何か、が見事に筋立てられている。目的に合致しない道筋を上手に回避し、手戻りの要因になりそうな部分に注意が払われている。「なぜここでその一手を加えるのか?」と疑問に思う工程にこそ、フローとストラクチャーを上手に組み合わせる工夫が込められている。「なるほど、あの一見回り道に思えた一手間は、このためだったのか」と気づいたとき、その感心は爽快ですらある。

個人の手際と組織の手際

ここまでは個人技としての手際の良さについて筆を進めてきたが、これは組織の仕事にも当てはめられる。手際の良いチームワーク。個人技に比べると、フローとストラクチャーの組み立てに役割分担と適時適所の意思疎通が求められるであろう。その分、難度が高くなる。実際、手際の良いチームワークに遭遇する機会は少ない。だからこそ、それに出会ったときの感嘆は大きい。自分が関わるチームは常に手際良くありたいと望み、工夫を施しているつもりだが、自画自賛できる事例は数えるほどしかない。

マネージャーの嘆きの定番に「全て自分でできるのなら、もっと上手くできるのに」がある。その気持ちはわかる。「とはいえマネージャーとして手際の良いチームワークをしなければ」と奮起しているだろうことも、わかる。

組み立てに関するある工夫

手際の良いチームワークに関しては様々な研究がなされている。例えば実践コミュニティを核とした価値創造に関しては“コミュニティ・オブ・プラクティス”に詳しい[i]。この著書はコミュニティに重きを置いているイメージがあるが、それにしても手際の良いチームに関する包括的な洞察が得られることは間違いない。他にも優れた研究が数多くあるのだろう。

私にできることは、個人の経験を材料とした言わば生活の知恵レベルの提言であるが、それでも何らか読者のお役に立てればという想いで拙筆を継いでいく。

Quick & Dirtyというマジックワード

もともと私は手際が悪かった。任命された仕事は懸命に取り組んできたつもりではあるし、一日中、手を動かしていたつもりでもある。しかしそれと手際の良さとは違う。先入れ先出し方式で、手当たり次第にできることを猛烈に行うのは、手際が悪い。バリバリ働いているように見えはするが、目的と手段が合致しているのか、ワークが組み立てられているのか、回り道はしていないか、重要な一手を外していないか、と問うてみれば、答えはすべて否である。私は手際が非常に悪かった。

昔のことで記憶は曖昧だが、手際の悪さから抜け出すきっかけになったのは上司からの一言だった。「家を建てるときに屋根から建てられないだろう?土台があり、柱がなければ屋根を乗せられないだろう?ほかにも床があり、壁がある。細かいこと、例えばキッチンの仕上げは家としての設えが整った後だ。君の仕事もそうしなさい。」

まったくご尤もである。そうして考えていくと、キッチンの仕上げをその他の建造物ができるまで待つのか、というと実は違うこともわかる。どんなキッチンをどこに置くのかが決まっていなければ、後から電気・ガスや上下水の工事をすることになってしまう。まず設計ありき。上司はきっとそれを伝えたかったのだと思う。

時を前後して、“Quick & Dirty”という言葉を知った。意訳するなら“素早くざっと”となる。「仕事をするときはまずはそうしなさい」という教えである。素早くざっと行う仕事は当然、設計に始まり土台づくりや柱づくりを内包する。

“Quick & Dirty”は、「仕事の仕上がり具合とは低減曲線に因る」という考え方がベースである。資料のXY軸をご覧いただければ一目瞭然だが、まずは素早くざっと重要な基礎部分に手をつけるのが手際が良い、ということを示している。X軸を時間単位(Time)、Y軸を仕事の仕上がり(Quality)にした低減曲線としたとき、ある時間単位【C1】を重要な基礎部分に充てれば、仕事の大半は仕上がる。

その仕上がりをY軸の【Q1】としよう。家造りで言えば、設計と土台づくり、柱づくり、壁づくり、床づくり、屋根づくりである。配線や配管のスペースづくりも入るだろう。それが終われば家らしいものができあがる。

そこから、より細部に手を入れていく。システムキッチンを設置しレンジフードを取り付け、と住ま得る状態に仕上げていく。そうした仕上げに、基礎づくりに充てたのと同じだけの時間単位【C2】を充てることは必要だが、家らしさ、という観点から見ればそれほど多くが変わっているわけではない。家らしさという観点からはQ1よりQ2は少ない。必要だが、少ない。

更に細部の技工を加えるのはその先のことだ。家としての仕上がり具合は確実に上がる。上がるが程度は少ない。どんどん少なくなっていく。ベッドカバーの色は、ある人にとっては最大のこだわりポイントかもしれないが、それが家の仕上がり度合いを上げはしない。

マジックワード侮れず

今、私は弊社内で指導的立場にあり、クライアント向けには僭越ながら教示を提供する立場にある。こと話題が手際の良さになるとき、私は必ずといっていいほど“Quick & Dirty”を伝えている。私が自らリードするチームでは、それを大原則としている。最初に何を手掛けるか、その後にどうタッチアップするか。フローとストラクチャーをどう創り出すかは時々に違う。しかしそれらは全て“Quick & Dirty”というマジックワードのもと検討するようにしている。

このようなシンプルな考え方には、ご利益がある。チーム全員がまず重要なことから検討し始めること(家造りで言えば土台や柱など)、そして早期に固まった重要事項をベースに各自が細部のタッチアップにそれぞれのオリジナリティを発揮できること、それだけの時間が割けることである。家らしきものができる見通しが早期に立てば、「お客さんが大ファンの阪神タイガースよろしく、ブラックとイエローを用いたクールな彩りができる」という発想が出てくる。そういうことである。

皆さんも「アブラカダブラ(私は言葉のごとく物事をなせる[ii])」と唱えるつもりで、Quick & Dirtyを用いてみては如何だろうか。


[i] コミュニティ・オブ・プラクティス(2002)エティエンヌ・ウェンガー、リチャード・マクダーモット、ウィリアム・M・スナイダー、翔泳社

[ii]https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%96%E3%83%A9%E3%82%AB%E3%83%80%E3%83%96%E3%83%A9