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マネジメント・レポート MANAGEMENT REPORT

「ACTING – 緩やかな抜擢人事」

アバージェンスマネジメント研究所

ファウンダー

大西 秀亜

はじめに

「Acting(アクティング)」という言葉を聞いたことがある方は多いと思う。一方で、日本の会社組織においてはあまり使われていないようである。私は「Acting」という人事ツールが有用であることを、実体験する機会を得てきたので、日本企業における組織開発とメンバー個人の成長に役立てていただくことを希望しつつ、本稿で「Acting」について論じてみようと思う。

Actingとは、特定のポジションが空席になった場合や、正式な後任が決まるまでの間、あるいは特定のプロジェクトやミッション遂行のために、一時的にその役割や責任を担うことを指す。「Acting Manager(代行マネージャー)」や「Acting Director(代行ディレクター)」といった形で用いられることが多く、日本語では「職務代行」「代理」「暫定担当」などと訳される。

I. Actingの特徴

Actingには一般的に以下の特徴がある。

  • 一時的・暫定的:正式な任命ではなく、あくまで一定期間、または特定の目的のために設定されることが多い。
  • 役割と責任の付与:代行期間中は、その役職に求められる権限と責任が与えられる。
  • 学習と評価の機会:代行者にとっては、上位の職務を経験し、自身の能力を試す貴重な機会となる。組織側にとっては、その人材が将来的にそのポジションを担えるかを見極める評価期間となる。

II. Actingの実例

私が事業会社で管理部門の責任者を務めていた時、部長職のメンバーが複数同時期に退社したことがあった。後任者を外部から招聘することも選択肢であったが、当時マネージャー職階のメンバーたちに「Acting 部長」を務めてもらうことにした。結果としてActing部長となったメンバーは短期間で著しい成長を実現できた。

また、弊社アバージェンスでは、「Acting」というツールをキャリア開発に組み込んでいる。

弊社が実施するプロジェクトの現場責任者を「プロジェクト・ディレクター(PD)」と呼び、通常はシニア・マネージャー以上の職階の者を任命するのだが、一階級下のマネージャー職階の者の中でPDを務める実力がついてきたら、彼ら(彼女ら)を「Acting PD」として任命し、PD業務を遂行させる。PDを務める職階への昇進は、このActing PDとしてPD業務を一定水準で遂行できることが必要になる。

「Acting」という手法は組織における個人の成長機会を増やすことができる。二つの実例を上述したが、私の実体験においても齟齬はない。Actingの効果を一言で言えば、それは「修羅場の擬似体験」であり、整理すれば以下のような要因となるであろう。

  • 実践を通じた学習:書籍や研修だけでは得られない、実際の職務経験からしか学べないスキルや知識(意思決定、問題解決、危機管理など)を身につけられる。
  • 責任感と当事者意識の向上: 通常よりも重い責任を負うことで、業務に対する当事者意識が高まり、主体的に課題に取り組む姿勢が養われる。
  • 視座の引き上げ: 上位の役職の視点から組織全体や部門の課題を見るようになるため、自身の視野が広がり、戦略的な思考力が向上する。
  • リーダーシップ・マネジメントスキルの開発: 部下やチームメンバーを率いる経験を通じて、指導力、コミュニケーション能力、チームビルディング能力といったリーダーシップ・マネジメントスキルが磨かれる。

III. 組織にとってのメリット

「抜擢人事」(正式な発令により、チャレンジングな上位ポジションに就く)は、成功すればポジティブな効果を組織にもたらす一方で、常にミスマッチのリスクが伴う。抜擢人事を行ったものの、ミスマッチが顕著で降格となった場合、被抜擢者にとって大きなショックとなる。モチベーションの低下、メンタルの問題、さらに退職に繋がることもあり得る。せっかく、将来を期待して抜擢した人材が退職してしまうのでは、組織にとっては大きな痛手である。また、他のメンバーに対して人事マネジメントの失敗を露呈する形となる。

Actingは、抜擢人事におけるリスクを低減し、成功確率を高めるための有効な「予行演習」や「評価期間」として機能する。特に抜擢を検討している若手や中堅社員に対して、まずはActingとして上位職の職務を経験させることで、その人材が実際にその重責を担えるのか、実務を通して見極めることができる。また、能力面に加え、実際に上位職のプレッシャーを経験させることで、その人材が困難な状況下でもパフォーマンスを発揮できるか、精神的な強さがあるかを確認することも可能となる。

IV. Acting実施時の留意点

Actingを成功に導くために留意すべきことがいくつかある。

  • Actingの目的と期間の明確化:何のためにActingをさせるのか(例:後任選定のため、特定プロジェクト遂行のため)、いつまでの期間を想定しているのかを、被抜擢者本人および関係者に明確に伝えることが重要である。漠然としたActingは、本人の不安や周囲の不満を招く可能性がある。
  • 権限と責任の明確化:Acting期間中であっても、その役職に求められる権限と責任を明確に付与することが重要である。権限があいまいなままでは、責任だけが重く、本人の能力を発揮しきれない可能性がある。
  • 上司からのサポートとフィードバック:Acting期間中も、直属の上司が積極的にサポートし、定期的にフィードバックを行うことが不可欠である。本人の成長を促し、課題を早期に発見・解決するためのコーチングが重要となる。
  • 周囲への説明と理解促進:Actingであること、そしてその目的を周囲の社員にも適切に説明し、理解を求めることが大切である。
  • Acting後のキャリアパスの検討:Acting期間終了後、正式に抜擢に至らなかった場合のキャリアパスについても、事前に本人と話し合い、納得感のある選択肢を提供できるよう準備しておくことが望ましい。

この中で、特に重要なのが上司によるサポートである。Actingには、ミスマッチ時のリスク軽減メリットがあるものの、ミスマッチという結果にならないように直属上司は全力でサポートする義務がある。サポートのコミットメントがない、あるいはサポートのリソースが捻出できないならば、Actingを行わない方が良いであろう。

V. 組織への導入

「Acting」が人事的措置であるため、一部署や一管理職の希望で始めることは現実的に難しいかもしれない。導入のためには人事部門の理解と協力が不可欠であろう。労働人口の減少という大波が来ている日本経済において、メンバーの成長を促す重要性は加速度的に増している。そのことを踏まえて、人事部門も「Acting」というツールを積極活用することを考えていただきたい。

「Acting」は、抜擢人事の成功確率を高め、組織の持続的な成長を支援するための強力な人事ツールである。その適切な運用によって、人材の早期育成、組織の活性化、そして安定したリーダーシップの継承を実現する日本企業が増えることを願う。

以上

大西秀亜執筆のマネジメント・レポート

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