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マネジメント・レポート MANAGEMENT REPORT

両刃のリーダーシップ

株式会社アバージェンス

マネージング・パートナー 渡部 公太郎

人の持つ“能力”

著しく優れたパフォーマンスを発揮する人、圧倒的に結果を出し続ける人を目の当たりにすると「彼/彼女は能力が高い」と実感します。そして、そういう人と自分をつい比べてしまいます。すると、何とはなしの“負け感”が生じてきます。

その“負け感”は、そのままにしておきづらいです。

だから、このように処理しがちです。「“能力”とは元々の資質が違う」、「元々の資質が違うのだから、彼我の差は仕方がない」、「彼らの秀でた能力を必ずしも自分は必要としていない」、「自分は自分なりにやっていけばいい」、「だから比較自体が無駄。自分は自分」。それで気持ちが落ち着くなら、落着のさせ方として一理あります。

他方で、別の捉え方もあります。元プロ野球選手で4球団の監督を通算24年務め、名将との呼び声が高かった野村克也氏は、「ほとんどの人が、自分の能力、才能を知らずに死んでゆく」と言いました。「プロの条件なんて何もない。誰でもプロになれる。『高いレベルを目指そう』という気にさえ持続していればなれる。」と続けます。「最初から能力の差があるわけではないのだ」と言っているようです。

「人間の能力はそんなに差はない」と伝える人は他にもいます。ダイエー創業者の中内功氏は「やる気さえあれば誰でも大抵のことはできる」と言い、第4代経団連会長の土光敏夫氏は「人間の能力に大差はない。あるとすれば根性の差」とはっきり言及しています。

変化し続ける、能力の“強み”

人の持つ能力とはどのようなものなのでしょうか。

科学の進歩とともに先天的な要素(遺伝や生物学的基盤)が次々と指摘されています。例えば、遺伝子は知能、運動能力、感受性など、基本的な特性に影響を与えるとし、生まれ持った才能や傾向がその後の発達の土台となることがあるとされています。神経科学の研究では、脳の構造や神経回路の発達が学習能力や創造性、判断力などに寄与するとの結果を示しています。

他方で、人間の能力や資質にはそもそもそう大きな優劣の差はなく、それを育もうとする中での過程が、高いスキルや秀逸な結果を勝ち得ることもできる、と前述の識者は語っています。ここに二項対立が生じています。

これを止揚すれば、能力の先天性は肯定しつつも、後天的な要素(環境、経験、教育、文化的背景、個人の心理的特性等)が大きく作用することによって形成されていく、ということになります[1]

「元々の資質が違うから」だけで能力を決めつけるのは潜在能力に蓋をしてしまうことになりかねない、そう言えるのではないでしょうか。

どの分野でどのような強みが現れるかは、個々の人生経験や努力、周囲の環境によって大きく変わるはずです。能力は固定的なものではなく、成長とともに変化し続けるダイナミックなものなのです。

陰陽和して元となす

ただ、“強み”とされるものであっても、行為の過程の中で、ある一方向にのみ凝り固まることにより逆に“弱み”ともなり得ます。

ここで、孫子の“五危”[2]に触れてみます。“五危”とは、“強みが弱みに変わる五つのパターン”です。孫子はこう表現しています。

「将に五危あり。必死は殺す可く、必生は虜とす可く、忿速は、侮る可く、廉潔は辱しむ可く、愛民は煩わす可し」

一読理解しづらいこの文章を、一つずつ読み解いていきましょう。

第一は、「必死(ひっし)」。必死になりすぎる者は危ない。頑張ること自体は素晴らしいのですが、往々にして土俵際に追い込まれたときの打ち手は失敗しがち。心のゆとりを失い、大局の判断もできず犬死にしてしまう、とします。

第二は、「必生(ひっしょう)」。生に執着しすぎる者は危ない。目標達成に気合を入れることは大切ながら、これも過ぎれば手段を選ばず突進したり、失敗できないと臆病になったり卑怯な振る舞いをしたり、「人としてどうなのか?」と疑われるような行動に走りがち、とします。

第三は、「忿速(ふんそく)」。いらだつ者は危ない。怒鳴り散らしたり、むき出しの闘争心も、ここぞというときに発揮されるならいいですが、そればかりだと冷静な判断ができなくなる。挑発にも乗せられやすく、無分別な行動に出たり、まんまとはめられる恐れもある、とします。

第四は、廉潔(れんけつ)」。潔癖すぎるものは危ない。常に清廉潔白であることは立派ですが、行き過ぎると、「かくあるべし」ときれいごとばかり並べて、融通の利かない堅物になりがち。「清濁併せ呑む」くらいの図太さがあった方がいい、とします。

第五は、愛民(あいみん)」。人情家は危ない。子供や部下などに愛情を持って接すること自体は素晴らしいですが、愛情をかけすぎると、その人間を甘やかしてダメにしてしまうことも。自分自分の目も愛情で曇り、物事を客観的に判断できなくなることもあり得る、とします。

以上の五つが、孫子の言う「強みとなる優れた資質が、そればかりに偏重すると弱点になり、失敗を引き起こす」パターンだそうです。長所と短所、強みと弱みは裏返し、だからこそこれら正反対の二つの資質をバランスよく備えておくことが大切だと説きます。

リーダーとして“強み”を発揮し続ける

このように見ていくと、先天的な違いは明らかにあり、後天的な要素が大きく作用することによって形成されていくのも事実であり、それが“強み”のみならず、“弱み”にも当てはまることがわかります。

それらは表裏一体であり、環境的要素(家庭環境、教育・社会環境)、経験的要素(学習と反復、フィードバック)、心理的・内面的要素(自己認識と興味、レジリエンス)、文化的・社会的要素(価値観、期待)等によって、影響され続けるものと言えます。

組織において個々人の強みを引き出すことは、リーダーに常日頃から求められていることではないでしょうか。まず従業員自身の理解と自己認識を促すことから始まり、その後、適材適所の業務配置、継続的なコーチング・メンタリング、チャレンジを奨励する環境整備、オープンなコミュニケーションなどの施策を通じて、従業員一人ひとりが自分の強みを最大限に発揮できる環境を整えることが、組織全体の成果と持続的な成長に繋がると言えます。

“五危”は、“強みが弱みに変わる五つのパターン”としてご紹介しましたが、これは人間関係全てに言える重要な視点とも評されます。

「過ぎたるはなお及ばざるが如し。」 “行き過ぎ”は自分では気付きにくいもの。人間の成功原因は多種多様あれど、失敗原因はある程度共通する要素もあると思います。

組織を牽引するリーダーが、その“強み”を“弱み”に変えてしまうことのないよう、ご自身の足元を今一度見つめ直す一機会となれば幸いです。


[1] さあ、才能に目覚めよう(2001)マーカス・バッキンガム&ドナルド・O・クリフトン著、日本経済新聞出版社

[2] 超訳 孫子の兵法「最後に勝つ人」の絶対ルール(‎ 2013)田口 佳史著、三笠書房

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