株式会社アバージェンス
ディレクター 伊藤 俊介
成長創出をする組織の共通点
私は経営コンサルタントとして、多様な業界における成果創出プロジェクトに伴走してきた。これまで関わった企業は、売上規模が数億円の中小企業から数兆円規模の大企業まで、上場・非上場企業、オーナー企業、ベンチャー企業など多岐にわたる。
これらのプロジェクトを振り返る中で明らかになったのは、成果創出の要因はプロジェクトごとに異なる側面がある一方で、成功企業には共通する要因が存在するということだ。その共通点こそが、本稿のテーマである「アントレプレナーシップマインド」である。
この執筆にあたり、「アントレプレナーシップマインド」という言葉について調査したところ、いくつか興味深い事実が目に付いた。この言葉はもはや起業家やビジネスパーソンに限られた概念ではなく、学校教育の現場においても採用されている。たとえば、武蔵野大学では2021年、日本初の「アントレプレナーシップ学部」が創設された。このような事例が示すのは、アントレプレナーシップマインドがスタートアップの経営者や独立を志すビジネスパーソンだけに必要なものではなく、組織の内外を問わず、新たな価値創造を目指すあらゆる人々に必要とされる時代に突入している。
一方で、「アントレプレナーシップマインド」という言葉自体にはまだ馴染みのない方も多いかも知れない。「アントレプレナー」という言葉が「起業家」として理解されるがゆえ、「アントレプレナーシップマインド」は起業家に特有のものだと誤解されることがある。しかし、このマインドがなぜ起業家に限らず、組織に属するメンバーによる成果創出や、必ずしも事業に関わらないものとして学校教育の現場でも重要視されているのだろうか。
本稿では、この問いに対して私自身の考察を交えながら、「アントレプレナーシップマインド」が既存の組織の成果創出においてどのように鍵となるのか、さらには、それを支えるマネジメントの重要性について論じていく。読者の皆様が、これからの時代を生き抜くための新たな視座を得られる一助となれば幸いである。
アントレプレナーとイントレプレナーの違い
アントレプレナーとは
「アントレプレナー」という言葉は、フランス語の「Entrepreneur」に由来する。この語は、13世紀に東西貿易が盛んだった時代に、動詞「Entreprendre(始める、企てる)」から派生し、当初は「仲買人」や「貿易商」を指していた。18世紀になると、フランスの経済学者によって、新しい産業を切り開く存在として「アントレプレナー」という言葉が使われるようになった。現代の日本では「起業家」と訳されるのが一般的である。
イントレプレナーとは
「イントレプレナー」という言葉は、英語の「Intra(内側の)」と「Entrepreneur(起業家)」を組み合わせた造語で、「社内起業家」を意味する。この概念は1980年代にアメリカの経営学者によって提唱され、企業内において新たな事業やプロジェクトを立ち上げる主体的な人材を指す。語源が示すように、イントレプレナーは組織内で変革の起点となり、企業の持続的な成長や競争力強化において欠かせない存在である。
アントレプレナー(起業家)が自ら事業を立ち上げるのに対し、イントレプレナーは組織に属しながらも、起業家的なマインドセットを持ち、事業創造に果敢に挑む点が大きな特徴である。その行動は既存の組織の枠組みを超え、新たな価値を生み出すことを目的としている。
さらに、イントレプレナーには、経営陣や他部署から協力を引き出し、複雑な利害関係のバランスを取るなど優れた調整力が求められる。この能力こそが、組織内で新しいビジネスを成功に導く鍵となり、単なる発案者ではなく、実現者としての役割を果たす重要な要素となる。
両者に共通するアントレプレナーシップマインドとは
「アントレプレナー」であれ「イントレプレナー」であれ、両者に共通して求められるのは、「新たなものを開拓し、果敢に挑戦する」というマインドだ。本稿では、この心の在り方や姿勢を「アントレプレナーシップマインド」と定義する。
また、アントレプレナーシップを語る際に重要な補完概念として挙げたいのが、「Resourcefulness(リソースフルネス)」である。この言葉は以下の要素で構成されている;
resource:目的を達成するために活用可能なあらゆる資源や能力
ful:それらを最大限に発揮し活用できる状態であること
ness:上述のresourceがfullである状態や姿勢
リソースフルネスとは、自らの内部(自らが自分を指すなら頭の中であり所属を指すなら組織)に在る経営資源が制約されることを拒み、機会を追求する在り方を指す。自らの常識や諦めに縛られることなく、「どうすればできるか」を追求する姿勢は、変化の激しいビジネス環境において課題を乗り越え、革新を生み出す重要な原動力となる。
弊社では「自責」という表現を多用するが、リソースフルネスはその考え方に通ずる。「自責」とは自ら問いを立て、課題を設定し、「私だったらその課題をどう解決するか」という視点で、主語を「私(I)」に置き、自らの手で仕事をリードする主体性を持つ姿勢である。この心構えが組織全体に浸透することで、個人の成長を促すだけでなく、企業全体の競争力を高めることにも繋がる。
アントレプレナーシップマインドを高めるための具体的な取り組み
少々、横道に逸れる。弊社のコンサルティング・プロジェクトはクライアント企業の成果創出を目的としている。その特長はクライアント組織に属する各位がそれぞれの役割に応じた主体性を最大限に発揮し、持続可能な成長を実現するための取り組みであり、具体的には、以下の6つの要素を基盤としている。
①経営陣によるトップダウンと現業部門によるボトムアップの両輪
②現場常駐スタイルによる中間管理職とのきめ細やかな対話
③質問を通じた気づきの提供と現場の考えの引き出し
④定量・定性目標の設定と週次・日次での進捗トラッキング
⑤トライ&エラーの実行を通じた迅速な軌道修正
⑥仕組みと行動変化を通じた成果創出とその定着化
これらの中でも特に鍵となるのが、③質問を通じた気づきの提供と現場の考えの引き出し、である。短期的な成果を出すためには、「これをしてください」と具体的な解決策をクライアントに提示するのが効率的であることは理解している。しかし、我々が敢えてその方法を取らない理由がある。それは、弊社が単なる「解決策の提供者」にとどまらず、クライアント自身が課題を解決する力を身につけることを支援することに重きを置いているからである。
もしコンサルタントが解決策を提示するだけであれば、プロジェクト終了後に別の課題が表面化し続け、その解決にコンサルタントへの依頼が繰り返される可能性がある。コンサルタントにとっては好都合だが、それを真の成果と捉えることはできない。弊社(少なくとも私は)、究極的にはコンサルタントという生業が不要になる世界を目指すべきだと考えている。
この考え方は、管理者が担う「マネジメント」の本来の目的にも通じる。マネジメントの真の目的は、「マネジメントそのものを不要にすること」にある。すなわち、組織の目的を達成するために、各社員が自ら考え、主体的に行動できる仕組みを構築することが求められていると私は思っている。
そのためには、社員一人ひとりがアントレプレナーシップマインドを持ち、自律的に課題解決に取り組む文化を醸成することが必要である。この文化を育むことこそが、管理者の果たすべき最大の役割であり、組織全体の成長と成果創出に繋がる鍵となる。
私のマネジメントの失敗
私自身もマネジメントにおいて、大きな失敗を経験してきた。前職では、20代でメーカーの海外現地法人に副責任者として出向し、経営メンバーの一員として約50名の直属の部下(全員が現地スタッフ)を率いる立場にあった。当時、私は「質問を通じて気づきを与え、現場の考えを引き出す」という考え方を全く持ち合わせておらず、4年の出向期間で成果を出すことを最優先に、「指示」を与えることに専念していた。
その結果、月次や四半期目標は達成することができた。しかし、その一方で、大きな代償を払うことになった。ある日、長年会社に貢献してきた優秀なマネジャーから「これ以上、あなたの下では働けない」との理由で辞表を直接手渡されたのだ。その瞬間、何かが根本的に間違っていると感じたが、その原因が何なのかはわからなかった。
この出来事をきっかけに、全社員を対象にインタビューを行い、事業面および組織面で感じている課題について率直な意見を求めた。そこで出てきた課題の多くは、私からすれば現場や第一線マネジャーレベルで解決可能なものだったが、社員の多くは自らの常識や思い込みに縛られているがゆえ、解決行動を取るには至っていなかった。
このとき、私は重要な事実に気づいた。課題が課題のまま放置されていた真の理由は、マネジメント側が「アントレプレナーシップマインド」を育む取り組みを怠っていたから、ということだ。そして、その原因の矢印は全て私自身に向いていることを痛感した。
この経験は、マネジメントにおいて「指示命令すること」と「その通りの動きを引き出すこと」の間にある隔たりを深く学ぶ契機となった。それ以上に、「マネジメント」の使命とは何かを改めて考える大きな転機となった。短期的な成果を追求するだけではなく、組織全体が持続可能な成長を遂げるために、社員一人ひとりが主体性を持ち、自らの力で課題を解決できる環境を築くことの重要性を、私は身をもって理解するに至った。
まとめ
コンサルタントという生業を通じて、数多くの課題に向き合ってきた。数多くの課題を抱えるクライアントに向き合ってきた。
約2年間にわたり伴走したあるクライアントの社長から、忘れられない言葉をいただいたことがある。
「成果が出続けている拠点を回りながら部課長陣と話を交わしたが、彼らの変化には正直驚いた。自らの意志を持って動く社員が増えれば、我が社はより強くなるんだなと。逆に、意志を持たず、指示されたことをこなすだけの組織は脆くなるんだなと。アバージェンスに関わってもらったことで、意志のある人材が増えてきたことを実感している。これができると、私も次の代にバトンタッチができる。」
この言葉が示すように、「アントレプレナーシップマインド」を持つ人材を一人でも多く育てることが、組織を変え、社会を変え、さらには日本全体を変革する力になると確信している。そして、その変革を支える重要な役割を担うのが、まさに「マネジメント」の使命なのではないか。
本コラムが、読者の皆様がマネジメントを考える上で、新たな視点や気づきを得る一助となれば幸いである。
参考文献:ZERO to ONE/Peter Thiel、アントレプレナーシップ教育最前線/Ambitions, 2024.05.21