アバージェンスマネジメント研究所
所長 渡部公太郎
『VUCA(ブーカ)』時代
『VUCA』時代と言われるようになって久しい。『VUCA』とは、予測不可能で不確実・不安定な世界の状態を表す言葉であるが、まさに予測不能な出来事が世の中のあらゆる場面で起こっていることをはっきりと認識できるようにまでになってきている。
経済産業省も、2019年の「人材競争力強化のための9つの提言(案)~日本企業の経営競争力強化に向けて」の中で、『グローバル化』『デジタル化』『少子高齢化』等を経営変化として捉え、掲げた「人材マネジメントに関する3つの大原則」のひとつにVUCAを睨んだ内容を挙げている。
ミドルリーダー育成の重要性
上記の経済産業省提言の中で、経営競争力・人材競争力を強化するための方策として、報酬やキャリアパス整備を始めとした個々の成長をバックアップする制度等のほか、「ミドルリーダー育成の重要性」について言及する内容になっている。「ミドルは経営の意思を現場に伝え、現場の実感を経営に伝える『橋渡し役』」とし、「人材戦略の中で、こうした役割を明確に位置付け、計画的な育成ができているか」と投げかけている。
ミドルの役割について様々な切り出し方があろうかと思うが、少し前に流行した『複雑系』という言葉から、ここを紐解いてみる。
『複雑系』って?
吉永良正著「『複雑系』とは何か」(講談社現代新書)によると、「複雑系は、何らかの環境の変化がトリガーとなり、『アッチ』と『コッチ』、『個』と『全体』、『上位階層』と『下位階層』など、二つの領域の間隙にユラギが現れ、そのユラギが拡大していき、新しいシステムが生み出される【カオスの縁】のことでもある。その結果、複雑化が新しい性格、システムを獲得していく。」とする。
それってどういうこと?
1997年ノーベル化学賞を受賞したベルギーのイリヤ・プリコジン(Ilya Prigogine)氏という人がいるが、彼は、自己組織化のプロセスが成立するための基本条件、いわゆる複雑系について研究し、『散逸構造理論』をまとめ上げノーベル化学賞を受賞した。彼は次のような身近な例で説明していることを紹介している。
「鍋の底に水を張り、この鍋を底から加熱。鍋の底面の温度が上がるにつれて、最初は底面に細かな気泡がランダムにあらわれ、これらの気泡が成長していく。そして、水の温度がさらに上昇し、ある臨界温度に達すると、突如自己組織化が起こる。すなわち、鍋の底面には、あたかも蜂の巣のような幾何学模様の秩序立った気泡構造が生み出されるのだ。これが我々が身近に見ることができる自己組織化現象である。」
ポイントはここ
この自己組織化に関連して重要なことは、
「ミクロのゆらぎがマクロの大勢を支配する」
ということである。イリヤ・プリゴジン氏は、その散逸構造理論において、「平衡状態においては、マクロの挙動がミクロの挙動を支配する」と述べているが、そもそも 『平衡状態』というのは、一定の条件下で閉じたシステムにおける安定した状態を意味している。しかし、「現実の現状は閉じたシステムでは説明できない。現実のシステムは常に動いており推移の途上にある。(このことを『平衡状態』に対して『非線形性』というが)現実の現象はつねに『非線形性』である」という。
『非線形性』の例に「地球規模の大気の運動」を紹介している。この大気の運動を数学モデルで表すと 『非線形方程式』になるそうだが、この方程式の入力データをほんの少し変更するだけで、その計算結果は大きく違ったものになるそう、天気予報が正確に当たらない原因はこの『非線形性』で説明できるとする。ちょっとした局所的条件が違っただけで、その広域的挙動は大きく違ってしまうということなのだ。
異分子としての存在
その上で、イリヤ・プリコジン(Ilya Prigogine)氏はこうも述べている。
「ある生態系が淡々と動いている間はその生態系を構成する分子は隣の分子しか見ていない。従って、いつもあること、昨日の続きが今日もあるという、同じ文法に支配されている。しかし、この生態系に突然『異分子』が猛スピードで入り込むと、その生態系はその時から新しい文法によって支配される。すなわち、異質分子によってその生態系を構成する分子がハレーションを起こし、隣だけではない別の分子と化学反応を起こすことによって、新しい文法に支配されていく」
我々もこれまでの組織変革支援活動の中でこのような場面を幾多も見てきた(そういう場面を創出してきた)が、まさにミドルリーダーに求められることの重要な役割の1つがこれではないかと思料する。
『ミクロのゆらぎ』、そして『創発』
これまでどちらかというと技術革新寄りに語られてきた 「イノベーション』という言葉も、A・Gラフリ/ラム・チャン共著『ゲームの変革者(日本経済新聞出版社)』の中でこのように表現されている。「イノベーションを個別の動きでなく、経営全てに組み込まれるプロセスとして理解し、改革に努めよ。イノベーションは何よりも、人と人のつながりによって作られる団体競技であり、人がどのように話し合い、協働するかといった人の係り合いが鍵」。
「人と人との関わり合い、団体競技」を牽引するのがまさにマネジメントであり、企業組織に対して、『同じ文法の支配』から『新しい文法の支配』への転換を図るとき、ミドルがそれを仕掛ける『異分子』となり『ミクロのゆらぎ』をどれだけ起こし続けられるかが、このVUCAの時代においてもますます問われ続けることだろう。そしてそれが成果の継続的な【創発(emergence)】に繋がるのだと確信する。