事例紹介 / CASE STUDY

AIM コラム COLUMN

個人が育ち、事業が育ち、社会が育つ

アバージェンスマネジメント研究所

主席研究員 広川周一

縁の下の力持ち

我々の生活は、我々が知らないところで、知らない人々が行う、知らない尽力によって支えられています。上下水道やガス・電気、道路や鉄道、航空機などの交通管制基盤、遊歩道や公園、街路樹…。最近では物流網も、れっきとしたインフラでしょう。大動脈の陸運を司る大型トラックから個別配送をする軽自動車まで、無くてはならないものになっています。

これらのインフラの手入れをする方々は目立ちません。インフラの手入れの大半は、我々が知らないところで、知らない人々により、知らぬ間に行われています。

エッセンシャルワーカーという言葉があります。ウィキペディアによれば“最低限の社会インフラ維持に必要不可欠な労働者”を指していて、キーワーカーやクリティカルワーカーとも呼ばれるそうです[i]。エッセンシャルとは“極めて必要な”という意味です。先述した以外にもエッセンシャルワーカーと呼ばれる職業に就く方々は他にも多くいます。まさに縁の下の力持ちです。

このような職業は必要とされ感謝もされていますが、志望する人は多くないそうです。様々な理由が考えられますが、職業特性による業務内容の厳しさや待遇面の魅力不足が主な理由に挙げられることが多いようです[ii]

現場第一主義を掲げるアバージェンスに属していると、様々な職場を体験する機会が多くあります。私自身、エッセンシャルワークの職場に出向き、密着取材をした経験がたくさんあります。業務の厳しさも見聞してきました。

縁の下の力持ちはツラい

何のトラブルもなく、いつも通りに機能していて当たり前という世界です。大過なく終わったことへの感謝は表層化しません。しかし、“大過なく終える”ことにどれほどの労力、工夫、知恵、判断、そして緊張が内在しているか…。私が知る限り、エッセンシャルワーカーの方々は”大過なく終える”ことに誇りを持っていますし、充分に誇らしいことと思います。

エッセンシャルなお仕事の辛さは、稀に発生するトラブルが日常的な貢献を無きものにするかのごとく捉えられがちなことです。トラブル・シューティングに長けた手練の方々が、いつもの数倍ものパワーを注ぎトラブルを収束させたとしても、拍手喝采とはなりにくいのは、何も起こらなくて当たり前という誤認によるものでしょう。

ベテランの大量退職

意義深い仕事だがなり手が少ない職業であるエッセンシャルな仕事の多くは、ベテランに依存する率が高いように映ります。その方々が順次、退職していったらどうなるのでしょう。雇用延長で引き止める?何歳までですか?70歳?80歳?90歳?物流業界では2030年の時点で輸送能力が3割以上不足すると言われています[iii]。不足を補うための自動運転やドローン技術はおそらく間に合わないでしょう。では高速道路の点検業務は?水道やガス管の耐用年数対策は?被介護者と介護者の数的アンバランス解消は?私達が依存する社会インフラをどう支えていくのか。とても難しい問題です。

若き縁の下の力持ち候補

その難題に向き合う第一歩として、弊社を長年ご愛顧いただいているクライアントの例を紹介します。このクライアントは、建設や土木系のインフラストラクチャーを扱う企業です。高度成長期に新設需要で伸び、平成の時代は新設の停滞をリニューアルで補うという中期戦略で着実な成長を遂げています。社員の方々の結束は固く、「人こそ資本」を貫いている企業です。経営会議は厳しくも、会議室を出ると和気あいあいで、会長と入社2年目の社員が気軽に話せる風土を持つ稀有な企業です。

この企業もベテランの大量退職に襲われました。

私は、この企業でその道40余年の超ベテランの方と経営幹部との雑談の場に、たまたま居合わせたことがあります。「(現場の超ベテラン)◯◯さん、オレ、もうしんどいわ」、「(経営幹部の◯◯さん)…そうだよねぇ」、「(現場の超ベテラン)でもさ、△△と□□がさぁ、まだ育ってないんだわぁ…」、「(経営幹部)…うん、それはさぁ、オレがやるよ」。この企業の社風の良さを感じつつ、経営コンサルタントとしては次なる成長のための人材育成の重さをズシンと感じました。

経営計画をもとに、仕事の入り具合をいくつかのパターン化した上で、内部リソースの充足度合いを検討したところ、最も都合のよい仕事の入り方が実現したとしても、内部リソースが足りないことが判明しました。採用や外部パートナーの支援も当て込んだ上で、です。幸いにして若手社員が多く工数面では何とかなりそうではあったものの、スキルが追いついていませんでした。

事業責任を担うトップは、こう言いました。「であれば、スキル向上を目指そう。私も含めて、皆が三倍速で成長しよう」。

三倍速の成長を担保するもの

実務を担ってきたベテラン層の大量離職に、若手社員は動揺していました。慣れない仕事でも何かと面倒をみてくれる頼もしいベテランがいなくなるからです。組織長を務めるマネージャー層はいるものの、その方々だけでは若手層全員の面倒を見切れません。動揺する若手に向けて、事業トップはこう語りかけました。

「これからは全員がレベルアップを目指そう。新人はいち早く仕事を覚える、経験のある若手はプレイングマネージャーを担う、そして君らを我々幹部・マネージャー層で支える。もちろん仕事の品質は落とさないし、仕事の選り好みなどする余裕もない。我々の成長が事業の成長と完全にオーバーラップするだろう。我々が成長する分だけしか事業は伸びない」。「でも前向きに捉えれば、またとない成長のチャンスでもある。先輩たちが5年かかって手にした役職にその半分、あるいはそれ以下でなれる可能性があるのだから。皆で教え合おう。皆で相談し合おう。わからないことは皆で考えよう。全員が成長を目指そう」。

高速回転の経験学習

三倍速の成長を支えるツールとして“経験学習”というモデルを用いました。経験学習とは、1980年代にデビッド・コルブが提唱した大人の学びモデルです[iv]。それを私なりにわかりやすく説明すると、①まずは実験的な行動をする、②その行動から経験を得る、③経験したことを内省する、④内省から経験したことを自分なりに理解する、というステップを繰り返すことです。それを経験学習と呼ぶことを知らずとも、皆さん実践なさっていることではないかと思います。

この企業での用い方は、例えばこのようでした。

経験の浅い若手に任せられるギリギリの仕事を選びアサインします。現場に出向く前にマニュアルを用いて仕事の進め方を先輩の若手が伝えます。マニュアルに書かれていない部分は先輩が口頭で伝達します。その場には管理職が立会い、指示が適切かどうかのチェックと、どのタイミングでアサインされた若手の仕事ぶりをチェックするかを決めます。経験学習モデルで言えば、ここまでが①まずは実験的な行動をする、の準備です。これらを終えて若手は職場へ出向きます。職場には現場監督者がいますが、この現場監督者にも若手に伝えたことを簡単に伝達しておきます。どこまでできて、どこからが不安要素かを知ってもらうためです。

一日が終わると、先輩社員との振り返りを行います。先輩社員自身、プレイングマネージャーですし、面倒を見ている若手が多くいますので、対面での振り返りは難しいのですが、電話でもいい、10分でもいいから、必ず毎日振り返ることをルール化しました。教わる立場の若手は常に小さなメモを持ち歩いています。事前のマニュアル確認や口頭指示などをきちんとメモし、現場で教わったことや上手くできたこと、上手くできなかったことを簡易にメモします。そのメモを見ながら先輩社員とショートな振り返りをするのです。先輩から伝えられるちょっとしたコツなどもメモします。若手はそのまま帰宅することもありますが、車中でも構わないので一日を振り返り、気づいたことを簡単に記してもらいました。これが経験学習の②と③になります。

一週間のうち、1時間だけ工面して、指導役の先輩社員と指導される若手が集まる場を設けます。1時間だけと決めて負荷を減らし、その分、濃密に週の振り返りをします。集まるので、Aさんに投げかけられる指導をBさんも聞くことができますし、若手同士で自分の学びや工夫を共有し合うこともできます。これもまた②と③になり、④になります。

三重の高速経験学習サイクル

経験学習サイクルを回すのは経験の浅い若手に限りません。指導役の先輩も指導者としてはルーキーですので、自分たちの教え方をより良くする工夫を凝らします。①の実験的行動として、今週はこの点をきっちり教えよう、などと決めた上で、日々の指導を繰り返します。週が終わると指導役の若手が集まり、指導者としての振り返りを行い、工夫や失敗談などを共有し合います。もちろん全員がミニ・メモに色々と書き込みます。この場には経験豊富な管理職も同席しますが、質問されない限り黙って様子を観ることに徹します。指導役同士が互いの指導法を高め合う様子を見守りながら、管理職もメモをとります。

管理職にとっての経験学習は、指導者育成の方法を良くすることです。マニュアルの記載漏れがあればすぐに補う、逆にもう古くなったものは書き換える、月次で提出される各自のキャリアアップシートへのフィードバックを行う、あるいはキャリアアップシートそのものを見直す、全員分の技能別スキル表を更新する、技能研修を刷新する、新たな技能研修を企画する…。

経験の浅い若手、ルーキー指導者、そして幹部・管理者の三層が、それぞれの成長のための経験学習を回していきました。

かなづち、かんな、のこぎり

結果として、この事業は前年を上回る業績を達成しました。ベテラン層が抜けても仕事を回し切ることができたのです。超過勤務も前年より少なくてすみました。最初は不安げだった方々も、自分の成長を感じ取ることに喜びと自信を得たようでした。

「結局、OJTと1on1、小さなメモ、振り返りミーティングなど、ごくごく簡単なツールを用いるだけでここまで来ることができた…。感慨深いですね。以前は『建設DXの導入が必要では?』という声もありましたし、これからはそういうモノが必要になってくるでしょうね。でも、育つ、育てる、ということについてはシンプルな道具で充分でしたし、むしろシンプルだったから皆もついてこられたのかもしれません。大工仕事で言えば、かなづち、かんな、のこぎりだけで家を建ててしまったみたいなものですね(笑)。」そう語る事業トップの目には、次なる成長への意欲がみなぎっていました。

個人の成長が企業の成長を支え、企業の成長が社会を支える。私がこの経験から学習したことです。


[i]ja.wikipedia.org/wiki/エッセンシャルワーカー

[ii] https://career-research.mynavi.jp/report/20220902_33926/

[iii] https://jta.or.jp/logistics2024-lp/

[iv] 経験学習入門(2011)松尾睦、ダイヤモンド社

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