事例紹介 / CASE STUDY

AIM コラム COLUMN

仕組み思考の社内展開

株式会社アバージェンス

     シニア・マネジャー

 角 卓弥

社内展開という言葉

会社の成長や改善を実現するために策定された新たな仕組みやプロセス、あるいは方針は、社内に広く展開されてこそ効果を発揮します。社内展開する際、単にコンテンツを伝達するだけでなく、その意図やメリットを十分に伝え、現場で実現できるようにすることが大切です。企業や組織など同じ集団のメンバーとして、同じ目標を目指す人々が、仕組みを目的に合致したかたちで活用してこそ、全体として効果が上がるからです。

こう言うと、ごく当たり前のことのように聞こえますが、実際には、この社内展開を上手に行うことは簡単ではありません。我々がご一緒させていただくクライアント各社は、程度の差こそあれ、この社内展開に難儀しています。

社内展開がなぜ難しいのか

なぜ、社内展開が難しいのか。私自身、この問いに対する正答を持ち合わせてはいません。もしかしたら万人に共通する答え自体が無いのかもしれません。

ただし、社内展開をするにあたりどこで苦労するのか、その障壁は共通している感があります。以下にそれらを述べていきます。

1. 情報伝達におけるギャップの発生

例えば新たに導入する仕組みの社内展開にあたっては、概要説明や手順共有といった形式的な通知だけでは不十分です。その仕組みを用いて1人1人が何をするべきなのか、なぜそうすべきなのか、の理解を促すと同時に、その深淵な意図や多層な背景、そして1人1人にとってのメリットをとことん伝える必要があります。この伝達の過程をおざなりにすると情報が変容したり、どこかで止まったりします。最悪の場合、全く異なる意図が伝わってしまうことさえあります。組織構成員の数が増えるほどに、このような情報伝達の過程における誤謬は発生しやすいのです。スタートアップ企業のように極々小規模で全員が全員をよく知る組織でも起こり得ます。「コミュニケーションにおいては、伝わることより伝わらないことの方が多い」との主張もあります[i]。発信者の切実なる想いに反して発生してしまう情報伝達におけるギャップが、浸透を遮る障壁になってしまうのです。

2. 現場環境との不一致の発生

丹念な説明により伝えたいことが伝わったとしても、その対象、例えば新たに導入する仕組みが相手の実情に合わないと、その仕組みを実践していくうちに、実情との不一致によるストレスが溜まり、やがて機能しなくなります。このようなケースの場合、そもそも仕組み自体が利用者、別の言い方をすれば現場の環境と合っていない可能性もあれば、実は合っているのに慣れるのに手間取り、早々に「これは実情に合っていない」と短絡的に却下してしまう場合もあります。前者の場合は仕組み自体を見直す必要がありますが、後者については、課題①で述べた伝達ギャップが原因と言えるでしょう。

3. 心理的な抵抗の発生

どんなに便利なものでも、“新しい”というだけで拒否されることもあります。一部の革新的な発想者は別として、人とは変化を嫌う生き物です。現状保持による安心感を失いたくない、新しいことに不安感を覚える、などの理由で抵抗感が先立ってしまう、ということです。特に新たな仕組みの導入となれば、その運用に必要な時間や労力という重荷を伴います。実際には思うほど大変ではないにしても、説明が長くなればなるほど大事のように聞こえ、“変えたくない”という心理的な抵抗が防御の壁のように立ちはだかってしまう。時には嫌悪感にまで悪化し、“絶対に反対!”という強い拒否になってしまいます。

新たな仕組みの導入場面に頻出する3つの障壁。Something Newを組織に広めようとした経験のある方々には、思い当たるふしがあると思います。何事にせよ、人間集団に新しい息吹を吹き込もうとする行為、企業で言えば社内展開とは、難しいものです。

3つの障壁のいずれも、結局のところ、導入してもらいたい相手の納得の程度が足りていないことに起因しています。そうであれば、「よしわかった、本気で取り組もう」と心底思ってもらえるほどの“納得の深さ”が問題解決の鍵と言えるでしょう。

私がご一緒したクライアントでも同様でした。現場に徹底的に入り込むことが信条であるアバージェンスのなかでも、私はそれを広く深く実践しているつもりでいます。このクライアントの場合、経営層から現場の方々を対象に徹底的な対話をしました。数にして優に100名を超える方々と幾度となく対話し、経営陣が導入を目論む新たで有効な“ある仕組み”について気が遠くなるほど意見交換を重ねました。

おかげで、3つの障壁を打破するためのきっかけを得ることができました。それは、「理解度や納得度と抵抗感は逆相関の関係にある」、「理解度や納得度を高める要因は人それぞれである」、「人それぞれではあるものの共通項もある」、「その共通項に注力すれば抵抗感は収まり実践度合いが高まる」、という気づきでした。

この気づきをベースとして、クライアント企業の成長と発展に不可欠な“ある仕組み”を浸透させ、成果に結びつけていきました。その際に採用した方法は、「社内展開をうまく進めるために必要な工夫」と言えます。

これ以降、その工夫についてを述べていきます。

社内展開を進める上でのポイント

大前提として、社内展開をうまく進めるための魔法はない、と最初に申しておきます。「こうすれば、どんなコンテンツでも絶対に社内展開が上手に進む!」と言い切れればいいのでしょうが、私はそれを見出せていませんし、そんなものがあるとも思えません。

社内展開を上手に進める上でのポイントとしてお伝えできることがあるとすれば、それは「何にせよ、手間暇がかかりますよ」ということです。手間暇がかかる、ということを前提にして、あとはそれをどこまで効率的に進められるのかが肝でしょう。企業活動はもちろん、凡そ人間の営みとは時間との勝負ですので、手間暇がかかることを如何に効率的に行うかが重要になります。

この前提のもと、社内展開、特に新たな仕組みの展開において私が重要だと思う点を列挙していきます。

  1. 仕組み導入に際し、その仕組みの短期的、中期的、長期的なメリットとデメリットを会社、部署、個人単位までブレイクダウンして言語化すること
  2. 展開する内容だけでなく、伝え方まで徹底的に考え抜くこと
  3. 伝える母集団をどの単位で設定するかを明確に定めること
  4. 質問や疑問は必ず受け入れ答え続けること

この4点について、詳述していきます。

1)新しい仕組みを導入する際、まず重要なのは、全体像を明確にし、メリットとデメリットを多角的に分析することです。短期的には効率化やコスト削減などの即効性が期待できるかもしれませんが、同時に初期導入コストや学習曲線といった課題も発生します。中期的には、組織全体の慣れが進む中で、新たなプラス要因やマイナス要因が見えてくるでしょう。長期的には、仕組みが組織文化にどのような構造的影響を与えるかについて想定しておくと良いです。これらを明確な言語にすることで、受け入れる側も理解が深まります。中長期的になればなるほど言語化は難しくなりますが、できる限り“抽象より具体”にすることが重要です。時間経過とともに変更することもあり得ることを前提に、具体的に言語化するのが効くと思います。

2)新しい仕組みの導入は単なる情報共有にとどまらず、受け手の心に響く形で伝える必要があります。ちょっと考えれば当たり前のことのはずです。振る舞いをガラッと変えることを求めているのですから。受け手の心に響く形で伝える。ここを手抜きしてはだめです。伝えるシナリオも用意せず、その場の雰囲気と属人的な応用動作で「とりあえず説明はしたよ」、では伝わりません。伝え方を工夫することがとっても重要です。それは、【どう伝えるか】ではなく、【どう伝わるか】にこだわり抜くことを意味します。しっかりと伝え方を考え抜き、どう伝わるかまで徹底検討することが重要なポイントであると思います。

3)情報伝達の範囲と対象を曖昧にせず、明確にどのような集団単位で伝達行為を行うか吟味し、最も効果的なかたまりを決めることが3つ目のポイントです。何百人、何千人を一斉に集めて伝えたメッセージがどの程度、1人1人に響くか、を考えれば、自明のことです。展開したい仕組みの内容、使い方やメリットやデメリットを考慮し、設定した集団毎に正しく伝える工夫が必要です。

この際に大切なのは、伝えたいことの粒度と集団の数を揃えることです。新たな仕組みの導入を例にとれば、それが企業全体にもたらすメリットや、なぜそれを目指すのかに関する一番骨太な部分については、母集団全体に向けた発信でも良いでしょう。経営トップ自らが行うタウンミーティングは、このような骨太なメッセージ伝達を狙ったものだと思います。

やるべきことを、目的(Why)、手段(What)、方法(How)の3分類で示すなら、上述は、いわば大目的(Big Why)でしょう。その後に、それぞれの立場から見た目的(Small Why)や、手段、方法は枝分かれして細かくなっていきます。伝えるべきことが細かくなるのなら、伝え方も細やかにすべきです。

ただし、細やかな伝え方を実践するには手間がかかります。ここで悪気のない手抜きが生じやすいことに注意しましょう。伝え手のリソースも限られていますから、つい簡単な伝達方法を選んでしまいます。しかし受け手には、それが“安直”かつ“手抜き”で「よくわからない」と受け止められてしまうかもしれません。とはいえ、たくさんの人達1人1人に説明していくのはあまりに非効率です。だから伝達内容に応じた集団の設定が重要になってくるのです。

ここまで述べたのは、伝達内容の粒度に応じた伝達対象人数の設定でしたが、これとは違う軸で伝達対象集団を選ぶことも重要です。具体的には管理者層を意味しています。管理者は受け持つ部下との絶え間ないコミュニケーションの機会を持っています。伝えたい内容は、その重要度に応じて何度もリピートする必要があるので、このリピート役は管理者が担うことになります。であれば、管理者層は伝達内容に対するより深い理解が必要になります。管理者がより深く理解していなければ、ケースバイケースで異なる質問への回答がぶれ、管理者は本質的に同じことをリピートできません。

このとき、あるジレンマが生じます。管理者は様々な部署や上層部から現場への伝達と実践担保役として期待されています。全てが一旦、管理者に落とされるのです。しかし管理者とて人間ですから消化可能なボリュームを超えれば、どこかが薄くなる、あるいは全てが表層的になる可能性が否めません。

この弊害を避けるためには、マネジメント・ラインに連なる縦の管理者群、例えば課長と部長、部長と事業部長、事業部長と管掌役員といったペアやトリオでの役割分担が必要です。課長が補い切れない部分は部長がサポートするなどしていけるような担当割りもまた、「伝える母集団をどの単位で設定するかを明確に定めること」の一部なのです。

4)最後の「必ず質問や疑問は受け入れ答え続けること」は、難しい社内展開をやり切る上でのラストワンマイルです。上位職からの伝達事項があるとき、聞き手がメモを取っている場面はよく見かけますが、伝え手である上位職が、投げかけられた何気ない質問をメモしている場面はあまり見かけません。

それではだめです。質問する側は数多の疑問のなかで、どうしても明らかにしたいことに絞って、それを上位職に気遣いながら婉曲に質問するのが通常です。ちょっとした質問の奥には様々な疑問、不信、懐疑、疑念、抵抗、拒否が隠れているはず、と読み取り、しっかり傾聴する必要があります。

その問いにはその場で何等かの答えを出すでしょう。しかしそのままで終わらせてはいけません。「こういう説明をしたら、こういう問いが投げかけられたのには、どんな背景があるのか?」等々、じっくりと吟味し、受け手側の納得を醸成するための次なるアクションを考えなければなりません。だから伝え手である管理者は伝える内容の多様な吟味とともに、それらへの反応もつぶさに記録し後で反芻できるようにしておく必要があります。

ただでさえ、組織内で行われるコミュニケーションのなかで、上下間のものはそもそもフラットではありません。受け手である部下が「納得してはいないが、指示だからやろう」となってしまったら、上司と部下双方のLose/Loseです。

Lose/LoseをWin/Winに転換するのは上司、つまり管理者の役割です。新たな仕組み等の展開場面では、伝え手、つまり上層にいる方が隠れたネガティブな認識を拾い出していくことがとても重要です。それが社内展開のラストワンマイルの意味です。

社内展開の意義

理想的な環境下では、上述のような思慮深い管理者が主役となり、企業、自組織、そして部下の成長を目指し、同じく思慮深い部下や上司や斜め上下の方々と、多層多重な本音のやりとりがなされるのでしょう。このような理想的な環境下では、私が出張る必要はありません。社内展開は、社内で完結します。

その困難さゆえ、私が貢献できる部分が出てきます。私が埋めるべき陥穽が生じます。

ここまで社内展開するコトについて深く触れてきませんでしたが、外部コンサルタントを起用してまで展開を必要とするコトとは、その良し悪しが業績に響くような重いものです。クライアントの通常業務を変えるほど新規性に富むものです。そして、「理屈ではうまくいくはずだが、実際にはやってみないとわからない」という脆弱性をどこかに残したものです。

社内展開を進める上でのポイントとして、4つ挙げました。これらを私は徹底しました。

その営みを詳しく語るには紙幅が足りません。別の機会があれば、一つずつ深掘りしてみても良いかな、と思います。

今、このコラムを終えるにあたり言えることは、この営み(プロジェクト)が始まってから、クライアントもエージェント(私)もなく、とにかく最高、最良の状態に、最速でたどり着くことだけを目指してきた、この一点に尽きます。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。難題の社内展開に関わる皆さんにもスイッチが入っていれば、望外の喜びです。


[i] 社会システム理論(1992-1995)、Luhmann. Nほか、恒星社厚生閣、コミュニケーションの記号論(1984)、中野収、有斐閣



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