株式会社アバージェンス
マネージャー 安河内 優作
モノづくり再興のための第一歩
かつて【Made in Japan】は、品質と信頼の象徴であり、今となっては信じられないほど世界を席巻した時代もありました。近年 – その時間的スパンは失われた30年に近似すると思われますが – 【Made In Japan】はその輝きを失っているとしか思えず、残念でありません。しかもグローバルな経済ダイナミクスの変化という大波のなか、日本の製造業を取り巻く環境は厳しさを増しています。
同時並行的に台頭してきた“コト売り”により、モノづくり自体が利益を生みにくい状況になりつつあり、多くの企業が製造部門の売却など“モノづくりの切り離し”を余儀なくされています。かつて栄華を誇った日本の家電業界を見ても、世界の家電売上トップ10に名を連ねる日本企業が一社も存在していません。
モノづくりとは非常に裾野の広いものですが、その中でも以前は飛ぶ鳥を落とす勢いのあった電子機器受託製造(EMS業界)は、QCDを武器とした受託モデルでは、もはや競争力を維持できなくなりました。EMSの上流、すなわち顧客の設計段階から製品開発に関与するODMモデルへの移行が求められている昨今、その領域は中国・台湾勢の独壇場となっています。
中期経営計画づくり
このような状況下、私は中堅EMS企業の再成長を支援するプロジェクトにアサインされました。当該企業は主要顧客の喪失という大打撃を受け、新たな経営陣の下、再成長に向けた柱を見つけるべく、中期経営計画の策定を急務としていました。
私は、外的環境と内的環境に存在する多重苦に直面し「相当に厳しい戦いになる」と覚悟してプロジェクトに臨みました。やるべきことが頭の中で渦巻き、進むべき道を見出すための葛藤に覆い尽くされている自分を認識するたび、「出来うるすべてをやり尽くす」と自分に言い聞かせました。
プロジェクト開始前の準備期間から臨戦態勢で臨み、期間内に調べられることは調べ尽くし、分析できることは分析し尽くし、仮説的な洞察は出し尽くしました。プロジェクト準備期間は、いわゆる前段取りとしてとても重要なフェーズですが、ここまでのめり込んだのは初めてでした。
事前準備段階からすでにクライアント現地入りし、クライアントの主要メンバーの方々との協議も始めていました。当然と言っては何ですが、全体的な士気は決して高くありませんでした。しかし、一部の前向きなメンバーの姿勢から希望を感じることができました。そして私自身も「とことんやり抜こう」とさらに強く決意をしました。
プロジェクトの挑戦と進め方
このプロジェクトが直面した最初の課題は、次なる成長ターゲット市場を見極めることでした。
EMS業界の特性上、潜在的な市場は広範です。他方でそれぞれの市場で求められる競争上の要素が大きく異なっており、ターゲット市場選定には慎重な分析が求められました。我々が関与する以前からクライアント企業内部で新規ターゲット市場の検討は行われていたものの、具体的な根拠に欠けるなどの理由から的を絞れずにいたそうです。
このような事前の検討情報も踏まえたうえで、私は大きな方向性を打ち出しました。
市場評価の客観的な物差しの提供
一つ目は、クライアント自身では気づきにくい自社の強みを様々な切り口で分析、特定した上で、その強みが活きる候補市場の選定に取り組みました。そして市場が持つ魅力度を基に複数の評価軸を設定し、市場候補を「伸びるのか?」、「勝てるのか?」、「儲かるのか?」という観点で、複数回に分けて絞り込むプロセスを設計し、クライアントの幹部も含めたキーマンと徹底議論しました。
十数名が所狭しと居並ぶ会議室には、事前調査内容をA1サイズに拡大して表示したり、小さな分析結果をストーリー仕立てで並べたり、皆さんの意見を雑記できる大型ポストイットを準備したり、それらをまとめるための手元資料づくりとファシリテーションを同時進行したりと、とっても大変でした。
しかし、その甲斐があってか、誰も正解がわからないまま白熱したり、黙り込んだりする議論の末、勝ち筋と思える方向性がいくつか見いだせました。そして、これらの筋らしきものが、幾度となく重ねた協議を通じて中期経営計画の骨となっていきました。
社員の主体性を引き出す環境の構築
理屈の上でターゲットとすべき市場の選定は、データの徹底的な掘り込みとそのメタ分析からある程度見いだせます。データセット毎の分析は世の中に溢れており、あとはどの線と線を結ぶかを考え抜くだけです。生成系AIも思考の補助になります。
それらの“分析”と“洞察”を活かせるかどうかは、つまるところ、その答え出しに奔走する当事者が本気で取り組めるかどうかに尽きます。その環境構築が重要だと思っています。衆議の末に決まった開拓アタックに当たるメンバーが、ターゲット市場への狙いを深く理解し、アタックレートが低い状況になっても熱量を維持向上させるための仕掛けが必要になります。
第一に重要なことは納得を得ることです。ターゲット市場協議の場ではメンバーが発言しやすい雰囲気を作り、相手の想いや考えを探る投げ掛けを行い、メンバーにはできるだけ自分の言葉で戦略や思いを語ってもらうことにしました。そういった発言の一つ一つをポストイットに書き出し、壁に貼り出し、全員が概観できるようにし、どこが纏まっていて、どこが纏まっていないか、何が重要そうで、何が重要そうでないか、等々を少しずつ、少しずつ、決めていきました。
上述の環境構築の意味では、交わされた発言のなかから発言者の“主体性の芽”を見出すようにしました。発言がピント外れでは困りますが、それなりに的を得ていると思えること、つまり、“確からしそう”で、“主体性の芽”がある意見は、重視するようにしました。
“確からしそうか”は理屈で判断できますが、“主体性の芽”があるか、は判断が難しいです。特にこのクライアントでは、従前の経営体制下で長らく続いた強引なリーダーシップが、社員の自主性や能動性を打ち消してしまい、“受動的な組織文化”になっていました。状況打開に向けた良い発言は出てくるのですが、「でも、自分たちにはできない」と結論づけてしまう風潮がありました。
この解消には根気が必要でした。「Yes, but…」と現状維持的になってしまう人には、「大きな穴を開けなくてもいいので、小さな穴をこじ開けましょうよ」と働きかけたり、「どうせ、みんな最後は他人任せにするんだよ」と諦観している人には、「そうさせないように、上手にちょっとした挑戦の連鎖を作っていきましょうよ」と投げかけたりしました。1回話して通じなければ、2回話す。それでもだめなら3回話す。そうしていれば、いつか通じます。
“社員の主体性を引き出す環境の構築”において最重要なことは、こちらが先に諦めないことだと痛感しました。
実行支援と「クイックチャレンジ」の取り組み
戦略・戦術・計画策定が終了した時点で、プロジェクトは新たな段階に入りました。それが“計画の実行支援”です。策定された中期経営計画は、クライアント企業の未来を描いた未来予想図に過ぎません。それを具体的な成果へと結びつけるためには、社員一人ひとりが計画の実行を通じて成果を積み上げることが必要です。
ここで導入したのが、“クイックチャレンジ”と呼ばれる仕組みです。これは中期経営計画達成に必要な諸施策をベースとして、“4週間で達成可能なミニゴールとそのアクション”を指します。
新規顧客の開拓は中期経営計画の重要施策です。本格的に取り組むには、ターゲット選定をし、リーチ方法を考案し、攻め方を検討して行っていくものです。とても4週間では終わりません。でも、全く新規の顧客に4週間かけてインサイドセールスをかけ続けることはできます。「詳しい話を聞きたい」というポテンシャル・クライアントを毎週◯件、4週間で◯◯件獲得する、というシンプルゴールを設定し、そのための戦術を検討し、毎日やりながら毎日振り返り、毎日修正していく。この活動から得られる洞察はばかにできません。
上手にお膳立てした上で、全社員が全力で取り組んだクイックチャレンジは、想像以上の定性的かつ定量的は成果を生み出しました。定性的変化とは、その小さな成功体験と称賛によって自信を持ち、全体の士気が飛躍的に向上したことです。定量的な成果は想定以上に受注案件積み上げができたことです。この取り組みに、全員が手応えを感じてくれました。この活動を見守っていた経営陣には、「組織が明らかに変わっている実感を得た」と評していただきました。
トップダウン形式に作り込んできた中期経営計画の一端をクイックチャレンジで挑戦し、それなりの成果を得た。ここからは、ボトムアップで中期経営計画の練度を高めていくことになります。
このプロジェクトが始まる2週間前に、私はクライアント現地に前乗りしました。その時、私には私しかいませんでした。これからボトムアップで中期経営計画を練り上げる今、クライアントの幹部や管理者全員が一緒です。
中期経営計画の実践:個人活動集積から集団活動へ
計画策定を終えた後、中期経営計画の実行フェーズを10週間行いました。この中期経営計画は当該年度も含んだものだったからです。
実行フェーズで最初に大きな手応えを感じたのは、プロジェクトメンバーが中計を「自分ごと」として捉え、自分の言葉でやるべきことを語り始めるようになったことでした。それは定性的な変化であり、P/Lに直接ヒットする成果ではありません。しかし、私はこの変化がとても重要だと思います。なぜなら、この先、チャレンジングな施策を遂行していくのはプロジェクトメンバーを中心とする実行者の方々であり、その方々がこのチャレンジを自分ごとと捉えることは必須だからです。
実行フェーズ中、財務的な成果も積み上がっていきました。意外な失注に落ち込むこともあれば、意外な受注に胸踊るときもありました。このようなUP&DOWNはこれからも続くでしょう。しかしここまで目標達成を自分ごととして捉えている方々がチャレンジし続けていれば、必ず目標は達成できます。
プロジェクト開始時には受け身の姿勢だった方も、取り組みを重ねる中で徐々に主体性を発揮し、トップクライアントからも驚きと称賛の声を受けるまでに成長しました。その方との対話時間は何十時間、いや何百時間かもしれません。「こちらが先に諦めないこと」を信念として取り組んできて、本当に良かったと思っています。
これからの課題と展望
この20週間のプロジェクトを通じて構築した仕組みや組織風土はスタート地点に過ぎず、今後は成果を積み上げていくため厳しいフェーズが始まります。プロジェクト開始する20週間前とは大きく表情が変わったメンバーを見て、きっとやりきるはずだと私は確信しています。
これからの最も重要な課題は、中期経営計画の確実な実行を通じて、具体的な成果を積み上げていくことです。
目下では、今後の変革活動を加速・拡大させていくためには、その旗振り役となる変革推進者の存在が鍵になります。そのために、そのマインドとスキルを持った人材を育成すべく、経営陣上げてのフォローアップが始まっております。加えて、プロジェクトメンバー自身による現場サイドへの落とし込みや巻き込みも始まっており、再成長に向けた変革は加速しています。
逆境における変革が実現していく様子を見届けられたことは、コンサルタント冥利に尽きます。
成果を超えて未来へ
かつて世界中で評価された【Made in Japan】。その輝きが失われつつある現状を変えるには、こういったモノづくり企業一社一社の挑戦が必要だと痛感しました。
その実現には多くの試行錯誤が必要ですが、私は黒子として企業を支え、再び【Made in Japan】が世界で称賛される日を目指し、小さな成功を積み重ねながら挑戦を続けていきたいと考えています。
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