事例紹介 / CASE STUDY

AIM コラム COLUMN

サステナビリティ経営の実践

株式会社アバージェンス

シニア・マネジャー

近藤裕馬

サスティナビリティへの取組み

“サステナビリティ”というキーワードをよく耳にするようになりしばらく経ちました。サステナビリティとは日本語に訳すと“持続可能性”という意味です。このキーワードを検索してみると、様々な企業、特に大企業のホームページに辿り着きます。内容を拝見すると、「持続可能な社会を目指すために、我々はこんな取組みをしています」という壮大なシナリオやストーリー、そして美しく素晴らしい取組みが記されています。各企業が持つ強みを活かした製品開発やサービス提供の紹介はもちろん、ローカルな地域貢献や、社会問題、国際問題解決に寄与するようなグローバルな取組みはそれぞれアピーリングです。取組みがもたらす提供価値はもちろんのこと、対外的なイメージアップや自社従業員のやりがいの醸成など、様々な効果もありそうです。

本コラムでは、このような企業が実践するサステナビリティの取組みを扱います。多くの場合、それは“サステナビリティ経営”と表されます。私自身、担当クライアントから「我が社もサステナビリティ経営を目指している」とお声掛けいただき、その経営戦略立案から実践に向けた新規事業開発をご支援させていただきました。その実例をご紹介させていただきます。

サスティナビリティと経営

サステナビリティと経営戦略とがどうリンクするのかはイメージしづらいかもしれません。私自身がそうでした。公器である企業が“サステナビリティ”を目途にするのは自然といえば自然ですが、一方で株主価値の最大化というミッションとどう折り合いをつけるのかを瞬時には理解できませんでした。

そこで私は、「サステナビリティとは持続可能な社会の実現やそのためのイニシアチブ」と自分なりに定義した上で、その具体的な取組みを想像してみました。“持続可能な社会の実現”が重視されるのは、持続可能性を阻害する“社会課題”が現存し、その解決に資する取組みが強く求められていることを意味します。

そういうのはたやすいですが、では、どの社会課題の解決に注力するのか、その社会課題を解決するために、企業として何をすべきなのか、それはビジネスとして成立するのか、そもそも一企業にできることなのか、等々、問いは尽きません。また、どの課題もスケールが大きく、どこから手を付ければ良いのかが非常に掴みづらいです。課題が有する大きな範囲と解決に必要な手だての範囲とが合わないのです。普段、目にしたり感じたりする足元の課題と社会課題の間に大きな距離が開いていて、それを埋めるための手段を具体化することがとても難しいのです。

既存と新規のギャップ

その距離をどのように埋めていくかが実に悩ましいのです。自分が対処できる限定的な範囲に目を向けることは、具体性を帯びるという点で重要ですが、如何せん、小さく纏まってしまいます。自分を自社と置き換えても同じでしょう。既存の事業や技術の延長で考えてしまうと、どうしても“今できそうなこと”に縛られてしまいがちです。その軛がアイデアの幅を狭まめます。ここでいう“自社”が大きければ“今できること”も大きくなるのでしょうが、“自社の既存事業”発想であることに変わりがなければ、やはり限界がきてしまいます。

この葛藤を打開するには、既存事業の延長で考えることを止める必要があります。“Think out of the box”が必要になります。

つまり、新規事業化が必要になるのです。

社会課題の解決は未来志向ですので、「新たな事業としてアプローチとする」ことは、むしろ必然とも言えます。

新規事業開発なる難業

新規事業開発は簡単ではありません。簡単ではない、というよりむしろ“Mission Impossible[i]”に近い、と言う方が近いかもしれません。

新規事業開発専門部隊を擁する企業は多々あります。そのうちのいくつかに私も関わりましたし、他社事例も多く分析しました。真摯に新規事業を開発にしようとしている方々にとっては、日々の真面目な取組みをMission Impossibleと一緒にされるのは心外でしょう。ただ私が知る実態として、鳴り物入りで始まった新規事業開発メンバーにとって“新しさの追求”が雲を掴むようで膠着したり、そもそもメンバーの多くが兼務者で検討に時間を割けなかったり、専務していても社内認知度が低くその提言が異例過ぎるからと却下されたり、既存事業の識者への助言要請が後回しにされたり、管掌するエグゼクティブからまだ生まれてもいない事業の将来価値を問い詰められたりする場面は少なくありません。“新規”は“既存”に足を取られているのです。 “新しい”というだけで足を取られる状況のなかで、“持続可能な社会の実現”という壮大なテーマを扱うことは極めて困難だと、私は悟得し始めています。

“新たな何か”への道のり

ではどうすればいいのでしょうか。ここで一つ、私が担当させていただいた企業の事例を共有します。それがこれまで述べてきた難題の満点解答だとは言い切れませんが、少なくとも「新たな何かに着実に近づいている」とは思っています。

その企業は、売上数千億円規模のシステム・インテグレーター(SIer)です。多くの大手SIerがそうであるように、この企業も多種多様な顧客群を有しています。

企業の情報システムを担うSIerの提供サービスは、当然ながら幅広いです。そして、サステナビリティの追求は、その恩恵を享受するのが社会全般であるという理由から業種を選びません。しかしその実現を目指す企業側にとっては、全方位的なソリューション提供は虻蜂取らずになりかねません。

サステナビリティ経営の実現のためには、その取組みを新規事業として扱うのが良さそうだと申しました。新規事業立ち上げも、初手から全方位で行うのはハードルが高すぎます。新しく、そして大きな何かを究極目標にするにしても、そのファーストステップはどこかにフォーカスすべきです。

ただ、どこにフォーカスするのかを決めるのも難しいです。前述のSIerもそこで躓きました。元々、オール・ラウンダーだからこそ対象範囲が広く、結果、「なぜ絞る?」、「どこに絞る?」、「それはなぜ?」、「絞ったとして、その後の展開をどうする?」という問答が繰り返されました。まだ何も始まっていない段階で、です。企業インフラであるITを扱う企業であることが、「インフラを扱っているのだから広くあまねく提供可能でなければならない」という、真面目だからこそ嵌まりやすい落とし穴に落ちそうになりました。

リーダーの先見の明とは、こういうときに発揮されるものです。上述の問答の末、どの分野も広くカバーしているが、どの分野にも深く入り込んではいないような、当たり障りのない結論が出かかったとき、この事例のリーダーから“待った”がかかりました。「解決すべき課題の明確化なくして、解決策が正鵠を得ることはない。まずこのゲームを特定しなければならない。野球なのか、サッカーなのか、バトミントンなのかが決まらなければ、“勝ち”が決まらない。“我々は競技をします”では、だめだ。特定せよ!絞り込め!」

こうして、目指す道筋が定まりました。つまり、まずどの業種が抱える社会課題を扱うべきか、が決まったのです。その業種は、社会的なインフラを扱う企業群でした。社会全般に広く貢献するという究極目標の達成には、まずどこかで“勝ち”を見出すことが重要であり、まずフォーカスすべきはここだ、と関係者全員が納得しました。

その後は、フォーカス業種における解決すべき課題の明確化を行いました。サステナビリティを因数分解し、並行してフォーカス業種における具体課題を深掘りし、互いをかけ合わせていくという、インプット・アウトプット・アセスメントを幾度となく繰り返しました。

国連が推進するSDGs[ii]とは、Sustainable Development Goalsの略称です。日本語では“持続可能な開発目標”と約されています。内容的にサスティナビリティ経営が目指すことと大きく変わりません。SDGsはグローバルレベルで解決すべき17のゴールを設定していて、それらのゴール達成のための策として決められたターゲットは全部で169あります。そこで、これらのターゲットを参考にしながら、当社が取り組むべきことを絞りました。

次に絞られたターゲットに関する統計などの定量データをかき集めては分析し、それらをインプットとしながら、どこにどのような課題があるのか、それは増えるのか減るのか、その真因はどこにありそうか、等の仮説立てを行いました。これが先にサスティナビリティの因数分解と述べたものです。

並行して、対象とした業種全体が抱える課題や今後のリスクについて、同じように様々なデータや文献にあたりながら課題と解決策の仮説立てをしました。これをサスティナビリティの因数分解とクロス・リファレンスし、重なった課題を当社のサスティナビリティ課題と位置づけました。

絞り込みと具体化

ここまでの段階では、敢えて「それを当社が解決できるのか?」という問いは伏せていました。現有技術やサービスにこだわらず、「どのような課題を解決したいのか」を徹底追求したのです。これは視座を高く保持し、視野を広げるのにとても効きました。

続いて行ったのは、顧客の絞り込みです。ここまで扱ってきた課題は業界全般の課題です。その業界の中から個社を数社選び出し、業界課題が一企業に与える影響を炙り出していきました。このワークにより、業界課題はより具体的かつ現実的なものになりました。この段階で大事にしたのも、SIerである当社が課題解決ソリューションを提供できるか否かは問わない、ということです。主たる問いはあくまで「誰のどのような課題を解決したいのか」であることを貫いたのです。

この具体的かつ現実的な“課題”を解決する方法を、具体的かつ現実的に検討しました。サスティナビリティ経営は、企業の経営方針であり、企業は課題解決をビジネスとして成り立たせる必要があります。このSIerにとっても同じです。そこで、我々が見出した課題はどの程度の一般性を持つのか、課題解決をビジネスにできるだけの規模になるのか、について答えを探っていきました。同時に、サービスのグランドデザインづくりと顧客が享受する恩恵の具体化、およびその恩恵を得るために払う対価、つまり当社ビジネスの期待収益などについても検討を重ねました。

葛藤の解決

サステナビリティ経営戦略の検討から始まった一連のワークは、こうして新規事業開発の取組みへと変貌していきました。“サスティナビリティ”を軸とした新規事業開発です。検討の入口で、サスティナビリティ課題の解決というスケールの大きな枠組みを射程したため、高次な課題解決を目指す有意義な取組みになりました。それは、実現に向けた検討を通じて具体的かつ実践的な新規事業開発のスキームとなりました。

この活動は道半ばですが、社会課題の解決を経営戦略に包含するという高次の狙いから始まり、解決したい社会課題とその解決のために必要な事業の大きな方向性を固め、その戦略を実現するために必要な“真の”新規事業になりました。真の、とは“自社事業の延長線上”という軛から解き放たれた新規性を有しているという意味です。

そしてその実現方策は、勝てるビジネスの検討プロセスを愚直に辿っていくという、当たり前のことを当たり前に進めるという手触り感のあるものになりました。

経営戦略・事業計画策定や新規事業開発に従事し、日々頭がちぎれるくらい考え抜いていらっしゃる方々、あるいはこれから携わる予定の方々、予定はないけれども今後やりたいと考えている方々が、価値あるアウトプットを出すことに、このコラムが何らかのお役立ちに繋がることを祈っております。


[i] https://paramount.jp/mi-deadreckoning/, © 2023 Paramount Pictures

[ii] https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/sdgs/index.html

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