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ありたい姿(あるべき姿ではなく)

vol.0019

「ありたい姿」。この言葉が気になっています。


「この状況はこうだから、こうしよう」と判断し、日々、行動しています。ところが「なぜそう理解したのか、なぜそうしたのか」と考えてみると、確固たるものが何ひとつない(ような気がする)。本通信前号にて「『自分で考える』ことが重要になってきている」と書きました。しかし自分こそ「内的かつ自律的」に「自分で考えて」いないのでは。そんな反省を重ねていました。

とは言っても日々、行動はしている。

その基は何か。思い浮かんだ言葉は「あるべき姿」。確かに「あるべき姿と現状のギャップ」を捉え、行動してはいるようです。


『ありたい姿』と『あるべき姿』。表現が少し違うだけではないか? と思われるかもしれません。しかし、人は言葉によって物ごとを認識するのですから、言葉遣い(あるいは言語表現の微差)は重要でしょう。「あるべき」との表現から、私は「外的かつ他律的」な匂いを受け取るのです。

よくよく考えてみると、私自身の今までの学びや先人からの教えに照らし合わせ、「この状況はこうだから、こうしよう」と判断し、行動することは、本当に「内的かつ自律的」なのか? 「自分で考えて」いるのか?

「あるべき姿」が不用とは思いません。想い描くもの(=あるべき姿)と現状のギャップ(=問題)を正しく把握せねば、日々の時間は漫然と流れ、身の回りの状況に一喜一憂するばかり。そんな惨状を回避する為に「あるべき姿」は有用な道具です。


有用とは思いつつ「この思考の型でよいのかな。本当に『自分で考えて』いるのかな」と自問している時に浮かんできたのが「ありたい姿」。

今まで蓄積してきたもの(体験やノウハウ)から目と手を放し、「私という者」も一度脇におき、考える材料に素手で取り組む。その結果、手にできる(であろう)ものを「ありたい姿」と呼んでみよう。「ありたい姿と現状のギャップ」を認識することで、起こす行動も変質するのではないか。

 道具(言葉遣い)を変えたばかりで大言壮語はできませんが、いくつかのテーマを考えるにあたり、手応えを感じています。想い描いた「ありたい姿」を「私という者」の双眼が見ることがないとしても、後に続く者が見ることを確信できます。こんな心持ちは初めてです。


「内的かつ自律的」に「自分で考える」ことを可能にしてくれそうな「ありたい姿」という言葉。この道具を究めてみたいな、と思っています。と書きながら、ふと当社が以前(2012年9月)にまとめた書籍(『新説マネジメントⅠ:道具』)を開いてみると「問題の定義:ありたい姿と現状のギャップ」と記してありました。当社のクルーがむしろ先に気づいてくれていたのかと、心強く感じた次第です。

小口 善左衛門

チーフ・オペレーティング・オフィサー
株式会社アバージェンス

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